千年に一度の町の復興祭~3月20日~22日~

今年は花粉+風邪が激しくて、バイトをお休みいただくことが増えているT4代表です。

実は、母方の本家 大阪府堺市の伯父が亡くなったり、父方祖母がちょっと入院したら更に認知症が進み…も重なってましたー。

3月20日~22日、宮城県から大阪に飛ぼうか迷いましたが。
祖母の今後のことで両親が多忙を極めており、両親が、わたしが関東に戻ってからではないと大阪に行けない状況であったので。

これも、伯父が「宮城県で千年に一度の復興祭を町のみなさんと一緒に祝い、哀悼しなさい」と言ってくれているのかなと思いました。

大本家の和歌山にも母は帰ってのんびり姉妹で語らいたいとのことだったので、両親がどうしたいかに合わせるのも親孝行かな?と。

そんなわけで!?

3月20日夜、まずは、仙台にただいまーしました♪

もちろん、いつもお世話になっている「ゲストハウス梅鉢」さんです!

梅鉢さんへの前乗りは、代表&相方めおとときくりんの3人!

相方くん&きくりんは、イビキの奏でがジャイアンコンサート的に素晴らしいので(笑)、この日は、梅鉢さんのプライベートルームに3人同室にしていただきました☆

が、相方くん&きくりんの「男同士の修学旅行」となってしまい、話が尽きることがなかったようです(笑)。



この日は、服代表(笑)&彼女ちゃんは、転勤で仙台に在住している幼なじみさんと合って、服代表&幼なじみさんが呑んだくれており(笑)、服代表に明日の出発時間&集合場所の電話をしたら、楽しすぎる酔っぱらいで意味不明でした(^_^;)

彼女ちゃんに電話を変われば良かったー(^w^)

実は、この日の夜、梅鉢さんに宿泊していたゲストさんの中で、明日、ご都合がよければご一緒しませんか?のお話をさせていただきました。

機会をくださった梅鉢 敬子さん、ありがとうございます!

すると、奇遇なことに。

「震災後しばらくして、医療福祉関係職の求人があったため、関東から、その町に移り住み仕事に従事していました。

でも、実は、外からの人には冷たいというか、独特な町の雰囲気があり、1年半がんばったがやはり馴染めず、今は関東の医療福祉関係仕事に戻りました。

明日、一人で行こうと思って梅鉢さんに来たのですが、町で、みんなに出会ってしまった時のことが不安で勇気が小さかった。

T4のボランティアとして、一緒に行かせてもらってもいいですか?」

とゆー方がいらっしゃったり。

「この町には行ったことがないけれど、お話を聞いて、ぜひお昼までご一緒させてください♪」

とゆー方に出逢えました。

21日、このお二人と、前夜仙台の街中で呑んでいた3人と合流&しゅっぱーつ☆

去年の夏ぶりに町に到着すると、また道路が新しく出来ていて迷路だったり(笑)、復興住宅を建設するために「切り土」や「盛土」が行われていたりで、風景がガラリと変わっていました!

「切り土」をしないと、復興住宅を建てる土地がないのですね、この町は。

山が切り開かれていく風景は、少し切なくもありましたが。

仮設住宅や親族のお宅で避難生活されているみなさまが、早く、復興住宅に移れるといいですね♪

そして、3月21日がJR石巻線全線復旧!の日&記念式典が開催されるとあって、すごいたくさんの町民の方々や関係者の方々がいらしていました。

そんな中、見かけた風景は。



震災後すぐから、女川町は町民以外のボランティアは一切受けていませんでした。

町に住む知り合いさんがいて、町の社会福祉協議会の電話番号が抜き打ちで何度も変わっても、町の知り合いさんから新しい番号を手に入れられる人間ではないと、ボランティアには受け入れていただけませんでした。

心を開いていただくまでに、通い続けて数ヶ月かかりました。

町の方々は、女川町は石巻市と一緒にしないでくれ!自分達は自分達の力で復興するんだ!!!と誰もがおっしゃっていました。

T4ボランティアは、全部自腹&割勘なのでお金はかかりますが、逆に、自由があります。

町の方々の本音を聞いて(嘘を回答したらすぐに見破られて信頼していただけないので嘘はつきません)、町のことを教わり。

社会福祉協議会の方々はもちろん、町のみなさん、T4内で、どーしたらよくなるだろーを積み重ね。

じゃ、これをやるかい?となって当日を迎えますが、あー、やっぱり、今日は、これをしてほしい!と町からリクエストがあれば、それに呼応出来る自由があることは、今振り返っても、本当に大切なことだったように思います。

NPOとか、なんちゃら団体ではないT4は、気を使わないで済む☆ので、集合写真を撮らせてください!とか、町の方々の気持ちを無視したこともしなくてすんでいます。

その代わり?社会福祉協議会を辞めれた方とは、今では個人的なお付きあいができていますし、町の中で4年以上のお付きあいとなったみなさまとも、同じです!

町の子どもたちは、どうしてるかというと。



町に住む中学生&高校生たちが主役で、みんなで、課題解決に向けて歩むことが出来ています!

女川町の教育委員会さんや教諭のみなさん、本当に心を砕いて子どもたちが主役であるようなカリキュラムも組んでいます。

町には、昔ながらの算数等の寺子屋塾のようなものもあり、小さな子たちの学校外での教育環境も、町のみんなでやる!と確立してます。

町の若い世代が、自分達の町は自分達で生まれ変わらせよう☆と、仕事の傍ら、ボランティアとしても活躍していますし。

町のシンボル&期待の星 ⚽ コバルトーレ女川 ⚽ の活躍でスポーツの楽しみもあり。

コバルトーレ女川のキッズクラスには、町のサッカー少年少女がたくさん通っており。

監督やコーチがキッズたちを守りながらサッカーを楽しんで、保護者の方々からの信頼も厚いです。

桜守の会は、女川町を10万本の桜の町にする、町のシニアボランティアさんたちの集いです。

町のシニアボランティアさんと、町のキッズたち&保護者の方は、素敵な関係を築けています☆









「わたしは、さんまの絵を書くの!」

「わたしは、ももクロって文字で書いてもいい?」

女川のキッズらしさ満載♡








そして。

女川町の祭りと言えば、獅子舞!!!

こちらも、初代頭が、町の若い世代や小さなキッズたちに伝統を守りながら継承していっています☆




震災から5年目になりましたが。

県外からのボランティアのヘルプは全く要らない町になりました!!!

本当に、心から嬉しいことです!

だって、震災前のみなさんの「日常」が、この町に戻っているからです(*´∇`*)

震災があった1年間は、非日常のことばかりでしたが。

さすが、女川、町の方々の気持ち最優先&町の方々が主人公のコンセプトの下、県外からのボランティアを無造作に受け入れず、わたしたちT4にも継続性&細く長くの宿題をくれただけのことはあります。

ボランティアなんていなくたって、俺たちだけで復興出来るんだからな!

と、わたしに本音をストレートに語ってくれたお父さんの言葉通りになって、本当に嬉しい!

では、次回は。

電車復旧記念式典…須田町長も、主役は町の方々とおっしゃってました~♪…や、記念電車発車場面、女川のオススメ美食(お小遣いたくさん用意しておいてくださいな(笑))なども併せて綴りますね!?

ぐらぐらの日のねこちゃんたちのお話を神妙に聞きました~震災から4年目~

T4代表です。

引越を終え、今週から専業主婦業にプラスして始めたアルバイトから帰る電車の中から、今日は夕日が見えました。

なぜだか理由は説明できないのですが。

震災から5ヶ月、神奈川県に遊びに来れた宮城県在住の友達が呟いた言葉が鮮明に蘇りました。


「夢や希望のある仕事がしたい!!!」


彼女は、震災で職場が壊滅してしまい、取り急ぎ生活するためにアルバイト2つを掛け持ちする日々が続いていました。


「生活のために選んだアルバイトだから、夢も希望もなく、とにかく仕事に就けたらいい・仕事に就けるだけでありがたいと思ってこの日々を続けているの。

それでも、今までのように、この仕事を通してこうなりたいとか、ああなってみたいとかの夢や希望が全くない。

2つのアルバイト掛け持ち生活がしんどいだけではなく、夢や希望がなく働き続けることも辛い」


あの日を境に、彼女のように「自分の努力だけではどうしようもなく、仕事に希望や夢を持ちにくくなってしまった」「仕事自体を辞めるしかなかった」方々はとても多かったのではないかなと感じています。

仕事に夢や希望を持っていても、震災前のようになるにはなかなか難しかったでしょうし、「まだまだ」とおっしゃられる方々や「今後の不安」をおっしゃられる方々は今も多くいらっしゃいます。

災害がなくとも、日本の雇用状況や、お家の都合、体調の都合などによって、「夢や希望」に満ち溢れた仕事をしている方々ばかりではないとも思います。

いろんな困難や壁があったり、嫌なことの1つがあるのも当然のことと思います。

それでも、わたしは、今回、今までの仕事経験を活かすことが出来て、楽しく働かせていただけている(錆びついているアタマがなかなか動いてくれず自分が嫌になりますが・・・)。

家庭のことをしながら働くことも出来ている。

仕事量が多いけれど、高給でなくとも、本当に幸せなことではないか。

介護や看護の課題はあるけれど、福祉制度や家族のサポートをもらえて、今のところ仕事と家庭のことに専念することが出来ている。

こんな風に暮らせる日々そのもの自体に感謝する気持ちを大切にしていきたいものです。

そして。


「高齢な方々のために・・・と事業創出をしていくのは賛成だけれども、若い世代にとっても良かれとなる道を目指してもらえたら」


といったお声もお聞きするので。

震災の影響を大きく受けた各地区のみなさまが、各地区の特色が生き生きと見え、様々な仕事に就けるようになることを祈ってやみません。

********

2014年の1年間も、震災の影響を大きく受けた県の地場の方々から、たくさんの様々なお声を聞かせていただきました。

一番心に残った声が、下記のような声でした。


「もう、被災者って呼ばれたくないんです。

被災者って呼ばれると、あの日のことを思い出すから。

もう、あの日のことを思い出したくない。

前に進みたいのに、被災者って言われると、あの日のことを思い出して前に進めなくなってしまう。

嫌なのに、あの日に引きずり戻されてしまう。

あなたに、この辛さがわかりますか?

被災者と言われ続けて差別を受けている気持ちになるんです!!!

わたしの何がいけなかったのですか?

わたし、何か悪いことをしましたか?

なぜ、被災者と呼ばれ続けないといけないのですか?

あなたに、この辛さがわかりますか?」


震災から4年が経ちましたが、震災の影響を大きく受けた県のみなさまのお気持ちは、おひとりおひとり、そして、その時その時「違う」ことを、改めて考えさせられた貴重なお声でした。


逆に「被災者は被災者なのだから、被災者と言われても何も気にならない」とおっしゃる方々もいらっしゃいますし。


「そもそも、自分は家も家族も無事だったし、仕事も失うことがなかったから、被災していないと思わないといけないのではないか?遠慮しないと」


「家も家族も無事で、仕事も失わなかったけれど、複数の親族を家に受け入れる等大なり小なり苦労等はあり、自分も被災者。それなのに、仮設住宅に入った方々ばかり優遇されているような気持になる時もある」


いろんな声をこの4年間で聞かせていただいていました。


「正解」も「間違い」も、よくわからない。

ゼロか100かではなく、白か黒かだけでもない。

グレーや20な毎日。


東日本大震災が遺した「復興への道徳の一過程」なのかなと、引き続き考えさせられます。

行きつ戻りつ、良かったと感じる時もあれば、辛いと感じる時もあり、それらを何かの形で時に表現しながら。


「少しずつではあるかもしれないけれども、前に進んでいる」


みなさまなのではないかなと感じています。

4年間、真っ直ぐに胸にグサッと突き刺さるようなお声もたくさんいただいてきて、どうしたらよくなるのだろうと考えてきましたし、自分の無力さに悔し涙も流してきましたが。


「まだまだ、自分の本音を誰にも話すことが出来ていない」


というお声をお聞きすることもまだまだあります。


「ごめんなさい、想像することを一所懸命努力することは出来るけれども、本当にあなたの気持ちをわかるとは言えないです」


とお応えするしかなかったり、静かにうなずくしかない時も多いのですが。


みなさまにとって

「今 自分は ココ」

とご確認いただくためだけでもいいのではないかな?と思っているので、どんなお声でもいただけるようなT4であり続けたいと思っています。

********

2014年9月に家族が増えました。

迷い猫だった「くー」です。

今、ちょうど1歳半位なので、くーさんは大きな地震などの災害に見舞われたことがありません。

くーさんに「お祈りの日」のお話をしてみたのですが、さすがに「お祈りの日」は難しくてわからなかったようなので。

「ぐらぐら と ざーざー の日 ねこちゃんたちは とっても 怖い怖いで 悲しくて淋しかったのよ。

ねこちゃんたちのお母さんやお父さんたち家族も とっても 怖い怖いで 悲しくて淋しかったのよ。

おねえちゃんや相方くんが くーちゃんと離れ離れになってしまうの。

くーちゃんが どれだけ おねえちゃん!相方くん!って呼んでも どこにいるのかわからなくなっちゃうのよ。

ねこちゃんたちは みんな がんばって 怖い怖いで 悲しい気持ちになったのよ。

ぐらぐら と ざーざー とっても嫌だね。

ぐらぐら も ざーざー も もう二度と来ないといいね。

もし ぐらぐら と ざーざー が来たら くーちゃんは おねえちゃんか相方くんにしがみついて離れちゃダメよ」

そう話してみました。

くーさんには難しい話だったのかもしれないのですが、写真のように、本当にすごく静かに神妙にお話を聞いていました。

かなり厳しくお説教されて反省している時のように静かにお話を聞いて。

お説教の時のようにシュンとするのではなく。

いたずらもせず、飽きた!と気を散らすこともなく、寝る!と言うこともなく。

親ばかかもしれませんが、いつも、興味のない話は全く聞かないか、遊びながら聞く子なので、何か感じるものがあったのかなと思っています。

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改めまして、TEAM 4 U 一同、心より、お見舞と哀悼を申し上げます。


「ご遺体がまだあがっていないご家族の方々もいらっしゃるから・・・」


2014年夏に、静かにわたしたちT4に「課題」を話してくださった方のお声は、T4の道標となっています。

これからも、細く長く、お声かけいただいたことに真摯に誠実に応えていくべく、ご縁を大切にしながら、粛々と日々を送っていく所存です。

T4集大成 8月活動 ~被災区の今 宮城県素敵アイテム&夏休み?飼育観察 & 広島の食・救助犬くん・声 ~

T4集大成 8月活動 ~被災区の今 ♪ 美食づくし 一挙公開 ♪~


~ 2014年8月10日 宮城県 ~

♪ お茶っこくらぶさん ♪

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☆ ホヤ塩ソフトクリーム ☆

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☆ ホヤ塩ご飯 ☆

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♪ カフェ アンジェリーナ ♪


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~ 2014年8月10日 福島県 新地町 ~


♪ あぐりやさん のお野菜を買わせていただいて  & 兵庫県特産 期間限定 揖保の糸を託していただいて ♪


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☆ 減塩出汁つゆは、T4・管理栄養士メンバー2人による完全手作り ☆


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☆ 塩&砂糖で漬けた きゅうりのお漬物 は 新地町のお母さんの手作り&差し入れ ☆


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~ 2014年8月11日 宮城県 ~


♪ 和風レストラン 田園さん ♪


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♪ 牛タン 司さん ♪


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♪ お土産 ♪


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♪ 地場の方からプレゼントいただいた わかめ ♪


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☆ 関東に戻って 東北の美味 再び堪能 ☆


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T4集大成 8月活動 ~被災区の今 楽しさと課題と お盆に寄せて~

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