ぐらぐらの日のねこちゃんたちのお話を神妙に聞きました~震災から4年目~

T4代表です。

引越を終え、今週から専業主婦業にプラスして始めたアルバイトから帰る電車の中から、今日は夕日が見えました。

なぜだか理由は説明できないのですが。

震災から5ヶ月、神奈川県に遊びに来れた宮城県在住の友達が呟いた言葉が鮮明に蘇りました。


「夢や希望のある仕事がしたい!!!」


彼女は、震災で職場が壊滅してしまい、取り急ぎ生活するためにアルバイト2つを掛け持ちする日々が続いていました。


「生活のために選んだアルバイトだから、夢も希望もなく、とにかく仕事に就けたらいい・仕事に就けるだけでありがたいと思ってこの日々を続けているの。

それでも、今までのように、この仕事を通してこうなりたいとか、ああなってみたいとかの夢や希望が全くない。

2つのアルバイト掛け持ち生活がしんどいだけではなく、夢や希望がなく働き続けることも辛い」


あの日を境に、彼女のように「自分の努力だけではどうしようもなく、仕事に希望や夢を持ちにくくなってしまった」「仕事自体を辞めるしかなかった」方々はとても多かったのではないかなと感じています。

仕事に夢や希望を持っていても、震災前のようになるにはなかなか難しかったでしょうし、「まだまだ」とおっしゃられる方々や「今後の不安」をおっしゃられる方々は今も多くいらっしゃいます。

災害がなくとも、日本の雇用状況や、お家の都合、体調の都合などによって、「夢や希望」に満ち溢れた仕事をしている方々ばかりではないとも思います。

いろんな困難や壁があったり、嫌なことの1つがあるのも当然のことと思います。

それでも、わたしは、今回、今までの仕事経験を活かすことが出来て、楽しく働かせていただけている(錆びついているアタマがなかなか動いてくれず自分が嫌になりますが・・・)。

家庭のことをしながら働くことも出来ている。

仕事量が多いけれど、高給でなくとも、本当に幸せなことではないか。

介護や看護の課題はあるけれど、福祉制度や家族のサポートをもらえて、今のところ仕事と家庭のことに専念することが出来ている。

こんな風に暮らせる日々そのもの自体に感謝する気持ちを大切にしていきたいものです。

そして。


「高齢な方々のために・・・と事業創出をしていくのは賛成だけれども、若い世代にとっても良かれとなる道を目指してもらえたら」


といったお声もお聞きするので。

震災の影響を大きく受けた各地区のみなさまが、各地区の特色が生き生きと見え、様々な仕事に就けるようになることを祈ってやみません。

********

2014年の1年間も、震災の影響を大きく受けた県の地場の方々から、たくさんの様々なお声を聞かせていただきました。

一番心に残った声が、下記のような声でした。


「もう、被災者って呼ばれたくないんです。

被災者って呼ばれると、あの日のことを思い出すから。

もう、あの日のことを思い出したくない。

前に進みたいのに、被災者って言われると、あの日のことを思い出して前に進めなくなってしまう。

嫌なのに、あの日に引きずり戻されてしまう。

あなたに、この辛さがわかりますか?

被災者と言われ続けて差別を受けている気持ちになるんです!!!

わたしの何がいけなかったのですか?

わたし、何か悪いことをしましたか?

なぜ、被災者と呼ばれ続けないといけないのですか?

あなたに、この辛さがわかりますか?」


震災から4年が経ちましたが、震災の影響を大きく受けた県のみなさまのお気持ちは、おひとりおひとり、そして、その時その時「違う」ことを、改めて考えさせられた貴重なお声でした。


逆に「被災者は被災者なのだから、被災者と言われても何も気にならない」とおっしゃる方々もいらっしゃいますし。


「そもそも、自分は家も家族も無事だったし、仕事も失うことがなかったから、被災していないと思わないといけないのではないか?遠慮しないと」


「家も家族も無事で、仕事も失わなかったけれど、複数の親族を家に受け入れる等大なり小なり苦労等はあり、自分も被災者。それなのに、仮設住宅に入った方々ばかり優遇されているような気持になる時もある」


いろんな声をこの4年間で聞かせていただいていました。


「正解」も「間違い」も、よくわからない。

ゼロか100かではなく、白か黒かだけでもない。

グレーや20な毎日。


東日本大震災が遺した「復興への道徳の一過程」なのかなと、引き続き考えさせられます。

行きつ戻りつ、良かったと感じる時もあれば、辛いと感じる時もあり、それらを何かの形で時に表現しながら。


「少しずつではあるかもしれないけれども、前に進んでいる」


みなさまなのではないかなと感じています。

4年間、真っ直ぐに胸にグサッと突き刺さるようなお声もたくさんいただいてきて、どうしたらよくなるのだろうと考えてきましたし、自分の無力さに悔し涙も流してきましたが。


「まだまだ、自分の本音を誰にも話すことが出来ていない」


というお声をお聞きすることもまだまだあります。


「ごめんなさい、想像することを一所懸命努力することは出来るけれども、本当にあなたの気持ちをわかるとは言えないです」


とお応えするしかなかったり、静かにうなずくしかない時も多いのですが。


みなさまにとって

「今 自分は ココ」

とご確認いただくためだけでもいいのではないかな?と思っているので、どんなお声でもいただけるようなT4であり続けたいと思っています。

********

2014年9月に家族が増えました。

迷い猫だった「くー」です。

今、ちょうど1歳半位なので、くーさんは大きな地震などの災害に見舞われたことがありません。

くーさんに「お祈りの日」のお話をしてみたのですが、さすがに「お祈りの日」は難しくてわからなかったようなので。

「ぐらぐら と ざーざー の日 ねこちゃんたちは とっても 怖い怖いで 悲しくて淋しかったのよ。

ねこちゃんたちのお母さんやお父さんたち家族も とっても 怖い怖いで 悲しくて淋しかったのよ。

おねえちゃんや相方くんが くーちゃんと離れ離れになってしまうの。

くーちゃんが どれだけ おねえちゃん!相方くん!って呼んでも どこにいるのかわからなくなっちゃうのよ。

ねこちゃんたちは みんな がんばって 怖い怖いで 悲しい気持ちになったのよ。

ぐらぐら と ざーざー とっても嫌だね。

ぐらぐら も ざーざー も もう二度と来ないといいね。

もし ぐらぐら と ざーざー が来たら くーちゃんは おねえちゃんか相方くんにしがみついて離れちゃダメよ」

そう話してみました。

くーさんには難しい話だったのかもしれないのですが、写真のように、本当にすごく静かに神妙にお話を聞いていました。

かなり厳しくお説教されて反省している時のように静かにお話を聞いて。

お説教の時のようにシュンとするのではなく。

いたずらもせず、飽きた!と気を散らすこともなく、寝る!と言うこともなく。

親ばかかもしれませんが、いつも、興味のない話は全く聞かないか、遊びながら聞く子なので、何か感じるものがあったのかなと思っています。

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改めまして、TEAM 4 U 一同、心より、お見舞と哀悼を申し上げます。


「ご遺体がまだあがっていないご家族の方々もいらっしゃるから・・・」


2014年夏に、静かにわたしたちT4に「課題」を話してくださった方のお声は、T4の道標となっています。

これからも、細く長く、お声かけいただいたことに真摯に誠実に応えていくべく、ご縁を大切にしながら、粛々と日々を送っていく所存です。
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