T4集大成 8月活動 ~被災区の今 楽しさと課題と お盆に寄せて~


蒸し暑い日が続きますが、なんだか日が短くなってきたように思うのは、毎日夕立に見舞われているからでしょうか?

代表のブログが続き&写真整理が遅くなっていてすみません!


さて、お盆を各地で迎えていますね。

わたしの自宅前のお宅では、8月上旬に迎え火をされていたので、各地区でお盆の日程が少しずつ違うんだなーと感じますが、みなさん、どんなお盆を過ごされていますでしょうか?

わたしは・・・仕事です(^_^;)

昔、祖父母の家に新幹線に乗って富士山を見ながら遊びに行き、迎え火をしたり花火をしたりしたことが思い出されます。

夜になると、布団の中で、祖母が、たくさん戦争の話をしてくれたことも思い出します。

祖父は、お酒と孫たちが久々に来た嬉しさでいっぱいで、そんなかたい話はしなくてもいいじゃないか~、もっと遊ぼう!と言ってスネてました(笑)が、今思うと、祖母からの戦争の時のお話は、あの時に聞いていたからこそ今も心に残っているのかなーと感じます。

それが、今や、仕事とは・・・(^_^;)

時代って、変わるんですね・・・旧き良き日本の文化や習慣も大切にしていきたいものですね。

そして、変わっていかないといけないことと、変わってはいけないこと、これを履き違えずに日々苦楽して生きていきたいものですね。


さて。


お盆に寄せて、T4での活動を通して、みなさんにお伝えしたいなと思うことがあって、今、ブログを綴っています。

少しまだ、被災されたみなさんにはお辛く感じる写真も出てくるかもしれないことを先にお詫び申し上げます。

もし、今は、そういった写真は見たくないなーーー・・・という気分でしたら、またいつでも、こちらのブログに遊びにいらしていただくので大丈夫ですので、そっと、このブログは閉じてくださいね。


今回の活動を通して、T4の代表としてグッと胸に刺さった言の葉がいくつかありました。

もちろん、前回のブログのように、楽しさも美味さもいっぱい!!!になってきている被災地区ですが。

前回のブログには綴らなかった 


被災区の今 

何をもってして 復興 というのか 



を、前回のブログとはちょっと違う視点でも記してみたいなと思います。

そして、このことが、被災された多くのみなさまや、ご家族のみなさまにとってのご供養・お盆のお見舞いとなることが出来ればとチーム一同感じます。

もちろん、日本全国のより多くのみなさんにも、何か少しでも心に感じていただいて、仕事等でお忙しい中の貴重なお盆休暇だったりするかと思いますが、夜眠る前にでも、ゆったり静かに3分ほど、このブログを読書していただけたらいいなと思っています。


fc2_2014-08-13_00-39-24-493.jpg


癖になって止められない止まらない ホヤ塩ソフトクリーム!!!


東日本大震災が起きてから3年5ヶ月。

T4と各地区のみなさまとの細く長くのご縁も3年5ヶ月を迎えました。

地場で採れた海の幸を使った美味デザートも、こうして楽しむことが出来るようになりました♪

その地区の1つの今は


20140813_001918.jpg



20140813_002215.jpg


台風の雨風の影響で、画質があまり良くないのですが。

道路も出来、町再生の工事があちこちで見受けられます。


2011年5月。

この地区の○○さんから、「こうした物資を持ってきてもらえたらありがたいんだー!ちょっと大変だけど大丈夫だし、ボランティアさんに来てもらえるのがありがたいから!!!」とお声かけいただいたものの。

この地区では、当時、あまりの被害甚大さにみなさんショックが非常に大きく、ボランティアを公に受け付けていませんでした。

念のため、災害ボランティアセンターさんに許可をいただこうと電話をしてみようにも、電話番号等の情報が一切非公開となっていました。

震災から2週間後に、宮城県や福島県、岩手県に住む友達たちからの声に応えようと仙台市にボランティアに入らせていただいたわたしには、すぐに、それが何を意味しているのかがわかりました。


ボランティアを受け入れる場合ではない


それだけ、みなさんのご心労が大きかったんですね。


「そっとしておいてほしい」


町の方から「来てもらいたい」というお声をいただいたのは、T4代表のわたしだけでなく、他のメンバーにも偶然にも複数おりました。

それでも、これだけ強く「そっとしておいてほしい」が感じられる地区に「知り合いがいるから!!!」とお伺いするのは、何かが違うなと感じました・・・うまく言葉に表現できなくてすみません。

ご縁が重なって、どうにか


「県外から来る 得体の知れない すぐに帰ってしまうことが出来る 気楽なボランティア」


であるわたしたちが、こちらの地区にお伺いさせていただくことを許可していただけました。


「ちょっと大変だけど、大丈夫だから~♪待ってまーす!!!」


知り合いの方は、わたしたちが地区にお伺いできることになって、とても喜んでくださいました。


行ってみたら、「うん、ちょっと大変だけど、大丈夫だから~♪・・・ではないように感じるぞ・・・。むしろ、最前線に来たのだな」と感じました。

道路なんてあるはずがなかったですし(T4 HPのYouTubeを見ていただいてもいいかと思います)。

事前に、臨床心理士さんから教わっており、メンバー全員が活動前の数週間前から訓練を重ねていた「パニック等を起こさないようにする」も、感受性の強い子たちにとっては足りず、その場で泣き出してしまう子もいました。

わたしは、東北3県の友達たちから電話がようやくつながった1週間目から話も聞いていましたし、仙台で初めてボランティアした後に友達の家に顔を出した時にも直接話を聞いていたり。

震災から2週間後に仙台にお手伝いにお伺いしていたので。

今思えば、その目の前にある最前線を受け止められてしまうほど「感覚鈍麻」していたのと、「覚悟」も育っていたのでしょう。

泣いている子たちの横で。


さて、どうしたら、良くなるんだろう・・・


と、すぐに、その地区の空気全体を「感じる」ことから始めました。

信号が出来て、その明かりが町を照らし始めた時には、本当に良かったと思ったものでした。

他の地区ともご縁が出来ていくと、各地区ごとに「個性」があること・違うことに気付いていきました。


ひとつひとつ、ゆっくりだけれども、確かな歩み。


それを目指して、その日その日、各地区ごとに、1日でもちょっとした違いのある「空気」を常に真っ新にして感じながら。


どうしたら、良くなるんだろう・・・


が続いていきました。


わたしたちのようなボランティアに出来ることって、本当になんて小さくて小さくて・・・。

地場のみなさんの声なくして、何も始まらないし、進みません。

みなさまの「志」に頭の下がる思いばかりでしたし、勉強させていただいたことばかりです。

今も、それが続いていることに感謝しかないのですが。。。


こうして、美味なホヤ塩ソフト等、たくさんの美味を、各地で食べられるようにもなりましたが。

笑顔で再会したりと、ご縁をいただいているみなさまと細く長くが続いていますが。


まだ ご遺体があがっていらっしゃらない方々もいる


改めて教えていただきました。

このことを、わたしたちは、決して忘れてはいけないんじゃないかな?と思います。


ほんの少しだけ、お盆のお時間を、みなさま、いただけませんか?


慰霊碑です


fc2_2014-08-13_00-38-03-798.jpg


そうめん夕飯会&小さな足湯温泉会をさせていただいた、福島県新地町の仮設住宅のみなさまから、こんな言の葉をいただき、わたしの胸に強く刺さっています。

確かに、報道や国の方針もそうなのですが。

わたしたちひとりひとりも、この言の葉の通りになってしまってはいやしないでしょうか???

少し、みなさん、ひとりひとり、自分の胸に問いかけてみませんか???


国は 原発のことばかりで わたしたちの生活や街の経済のことは二の次になっている

もう少し わたしたちが 生活や経済で どんな風に困っているのかを ちゃんと考えてほしい



確かに、原発の課題は大きなことで、終わりが見えません。

しかしながら、その前に、原発から近からず遠からずといった地区に住むみなさんの





に、わたしたちは、ちゃんと寄り添えているのでしょうか?

寄り添おうとしているのでしょうか?


5月の活動報告にもアップした通り、一度、宮城県にある娘さんのところに避難をして生活していたけれども、お友達もいなく、方言も違ってお喋りもままならず、娘さんは疲れで倒れてしまい、やっぱり、自分は、福島県新地町に帰ると決めたお母さんがいらっしゃいました。

何ヶ月も町を離れてしまった後で仮設住宅に入れてもらったお母さんは、お友達がいながらもとても遠慮がちに暮らしていました。

そうであってしても、お母さんが決められた背景を踏まえることなく。


「原発の課題がない県外に引っ越せばいいじゃないか」


なんて、無責任なことは誰にも言えないんですよね。


言った自分が、お世話させていただくのであれば、話は違うのでしょうが。。。


簡単な課題ではありませんね。


ここの仮設住宅では、かなり多くの方々が復興住宅への移転が始まり、集会所での集まりも、わたしたちの会で「最後」となりました。

被災区で仮設住宅で生活されているみなさん、少しずつ、復興住宅に移転することが出来るようになってきてはいます。

しかしながら


仮設住宅から移転出来たから もう 復興した

原発のことを最優先で考えることが一番大切なのか?



それは、先の言の葉の通り、違うんでしょうね。


福島県新地町ではない地区での再会で、お父さんが、こんな素敵なアイテムを使っていらっしゃいました。


20140814_201307.jpg


太陽の力で、ゆらゆら~~~と動いている、かわいい子たち!!!


お父さんが


「俺なんかは、福島県に住んでないから、原発の苦しみのことは、心底共感するなんておこがましいことは出来ないんだけどさぁ。

福島県の様子をニュースとかで聞いたり新聞で見たりすると、やっぱり、なんか心が痛くてねぇ。

少しでもいいから、太陽の力で何か出来ればと思って・・・」


わたしたちも見習わないといけないですね!

知識や情報も大切なのですが。

研究者・技術者のみなさんにも本当に頑張っていただいていると思いますが。







まずは、耳を傾ける・心を傾ける


ことを、忘れてはいけないなと、改めて学ばせていただきました。

やはり、人生の諸先輩方は違いますね!

わたしは、趣味の1つで、アロマキャンドルなどが大好きだし、冷房も苦手、節約もあって(^_^;)電気はなるべくたくさん使わない生活を心がけていますが。

お父さんのような、かわいい心遣いも素敵なボランティアだなーーーと感じました。

どこでゲットされたのか、お手紙を書いてお聞きしてみたいなと思っています!


そして・・・


20140813_002540.jpg


画質が悪くてわかりづらいかもしれないのですが、11日の台風一過の活動終盤で、空に虹がかかりました。

ここは、この地区の沿岸部で唯一津波被害から免れた区域です。

2011年の初冬にお伺いしたSさんのお宅とすごくご近所でビックリし、本当は、心からお顔出しをさせていただきたかったのですが、時間が足りずに寄れなくて。。。

そして、この地区で午前中にお顔出しさせていただいたセンターさんからも 「お茶でも飲んで行ってよ~♪」とお誘いいただいたのに、ゆっくりお茶をいただくことが出来ずお暇させていただき、本当に申し訳なかったなと心残りでいっぱいなのですが。


東日本大震災各被災地区の皆々様と、お亡くなりになられたみなさまに


TEAM 4 U 一同、心より哀悼の意を綴らせていただきたいと思います


皆様に、どうか、虹がかかりますように、お祈りしています


日本全国のみなさまからのお見舞いやお祈りも、このブログを読んでくださったことに重ねて、届きますように
関連記事
スポンサーサイト

コメント


GO TOP
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。