秩父市雪害ボランティア活動報告~26日・未来に希望が湧いてきた!&骨折は胸に秘めておきました~

26日の午前中だけになってしまいましたが、活動報告を。

この日は、前日にレンタカーを返却&飯能のビジネスホテルに宿泊していたので、事前に飯能駅で編成ダイヤを確認して、レッドアローで秩父へ行きました。

雪国ライフ経験15年・鉄道保守の災害派遣仕事で先日山梨県の線路除雪に行ってきた相方くんに、西武秩父線の雪状態などを専門的に見てもらうのもいいかなと。

一番雪が残っている芦ヶ久保駅では、雪国の線路除雪に使う専門機器は入っていなかったものの。

「あー、これ(専門資格者ではないとオペレート出来ません)が1台?2台?あるんだな。 

欲を言えば、あれやこれもあったらいいんだけどさ、まずは安心した。

あれもこれもあったらあったで線路全部塞いで電車動かせなくなるしね。

ただ、ここの所が、まだこうなってるもんなー。。。 

大変は大変だな。

日当たりが良くて溶けてくれたらいいのにね!」

とのことでした。

レッドアローも徐行運転距離が結構あったので、いつものように、サクッと短時間で到着できなかったのですが。


社会福祉協議会さんに行って、同じ電車で来たボランティアさんたちや、地場の女性のボランティアさんたちと一緒に。

すでに、活動が始まっている地区のお手伝いに向かいました。


26日のリーダーさんは、非常に柔軟性に富んでいて、家主さんたちからのリクエスト&デマンド以外に発見された、解決しなければならないニーズで仕事が一つ増えてしまっても、文句も言わずに取り組んでくださいました!

わたしとしては、リーダーさんのこのご対応に、本当に涙が出るほど嬉しかったです!!!

そして、今回のリーダーさんは、ボランティアさんとのコミュニケーションもすごく雰囲気良くしていただける方で、それも素晴らしいなと感じました。

リーダーさん、山梨県の雪かきボランティアにも行ってきたとのことで、相方くんと、山梨県の雪害について等お話をしてくれたり、質問してくれたり、情報交換してくれたりしました(相方くん、人見知りがあるし、口下手なところがあるので、リーダーさんが話しかけてくれて本当に助かりました☆)。


で、わたしはと言えば、25日に引き続き(^_^;)


まずは、1軒目の家主のおかあさんにご挨拶♪


おかあさん「来てくれてありがとうねぇ! どこから来てくれたの?」


わたし「わたしはね、今日は、浦和から来たんだけど、昔、〇〇で7年間ボランティアしていたの!」


おかあさん「えっ!?!?!? 〇〇でボランティアしてたの!? わたしもしてたのよ!!!」


そう言うと、目にいっぱい涙をためながら、おかあさん、わたしの手をぎゅっと握って離そうとしなくなりました。


わたし「そうだったの! 不思議なご縁だねー♪」


おかあさん「本当に、まさか〇〇でボランティアをしていた人に、今日、ボランティアに来てもらえるとは思わなかった(涙)。 今、〇〇には、誰が残ってるのかしら。。。(高齢者の方が思い出すのに少し時間がかかります) △△さんは???」


わたし「△△さん!? 今、事務局長やってるんだよー♪ 〇〇に△△さん、いるよ!」


おかあさん「△△さん、いるんだぁ♪ 懐かしいねぇ♪ でも、わたしだってね、昔は〇〇でボランティアをする側だったのよ? 年を取って、こんなになってしまって、ボランティアをしてもらう側になってしまった。 それが一番悲しくて、やりきれないのよ(涙が溢れそうになりました)」


わたし「そうだよねー。。。 自分がボランティアする側だったのがしてもらわないといけない側になるのは、複雑な気持ちでいっぱいだよね。。。 辛いよねー。。。 でもね、今日は、秩父のの若い女性陣もボランティアに来てくれてるんだよー♪ それは、すごく良かったでしょう?」


地場の女性ボランティアさんたちが、秩父独特の言葉・リズムとかで、おかあさんに話しかけてくださりました!

おかあさんの顔が、一気にほころびます。

やはり、秩父は、秩父のことを何も知らない外のボランティアさんよりも、地場の若い世代の人たちと、秩父独特の言葉・リズムでお話しできることが一番良いんですね!

わたしの手をぎゅっと握りしめていてお母さん、リラックスしたのか、自然にわたしの手から離れられました。


リーダーさん&みなさんが、ちょうど休憩にも入られていたので、少し、おかあさんとお話させていただくと、旦那さんを数年前に亡くした淋しさを引きずっていてと、また、泣いていらっしゃいました。

最初は、笑顔になる時もあったり、いろんな想いが溢れて涙が溢れたりと忙しいお母さんでしたが。

活動終了時に、どう変わったのかを楽しみにして見てくださいね!


このお母さんのお宅の雪かきは、リーダーさん&先に活動してくださっていたみなさんで終わってしまいました(^_^;)

お隣のお宅に「雪かき、行ってきまーす♪」と、おかあさんに挨拶をしてから、2軒目のお宅へ。


ご夫婦で暮らしているお宅でしたが、この2日間では、初めてシャキシャキとしたご夫婦で(高齢者の方であることには変わりはないのですが)、奥さんも、特に健康他で困っていることはないとのこと。

お父さんにもお聞きしてみたのですが、「悪い所はどこもないので大丈夫ですよー!」と。

ただ、離れの屋根の雪が、道路に落ちて2m位の高さになってしまい、通行人が誰も通れなくなってしまったから、その辺りをどうにかしてほしいというリクエスト&デマンドでした。

ご夫婦は、畑をしていたので、かいた雪は畑に投げてくれてよいとのこと。

お宅の敷地内を歩かせていただいて、その2mの雪壁のある道に行ってみると。


あら??? はて??? おや???


門扉の下の部分に凍りついた雪があるおかげで開きません。

電線が切れたり、漏電が起きたりしての火事が秩父内で発生したとも聞いていたので、1カ所の玄関だけではなく、せっかく道路に復旧するここの門扉も開けば、ご夫婦にとっては、避難経路が2つになるわけです。

畑も見えやすくなります。

ご夫婦の生きがいである「畑の様子が簡単に見える」という状況を維持したい。


わたし、2m越えの雪の壁アタックは他のボランティアさんにお任せして(サボったわけじゃないですぅ(^_^;) ちなみに、自分なら、雪山ライフの時は、1m20cm位の雪壁だったら、何の機材も使わずに、泳いで蹴って、踏み固めて、自力で道を作って歩んでいるのが普通でした(^_^;))。

まずは、ご夫婦が暗い気持ちになったままになっていてほしくないな(燃え尽き症候群を引き起こしたりしてはいけない)と、門扉下の凍りついた雪を、手や雪山用角スコでガシガシのけていました。

そうしたら、おとうさんが「そこは、いいですよー♪ 自分が少しずつやりますのでー、申し訳ないから!」と。


わたし「お父さん、今回の雪かきとかで、腰が痛くなったり、怪我をしたりしてない? ここね、すっごく堅くなってるんだけど、わたしがやったらすぐなもんでね♪」


お父さん「手の指の骨折は、もう11月にしたんだ♪」


わたし「手指の骨折したー!?!?!?(胸に秘めたる内緒の「負傷」になってたか)
じゃ、やっぱり、ここ、氷だけどすぐだからやっちゃうね♪ こんなとこ、手の指骨折してるのに自分で少しずつやったら、整形の先生にもリハビリの先生にも怒られちゃうからー(笑)」


このお宅の門扉はレールなしだったので、非常に簡単でした。

はい、門扉、開閉できるようになったからねー☆


ボランティアみなさんが取り掛かっていた、リクエスト&デマンド活動に、ようやく協力して進め。

ここの近辺の雪、ほとんどが感動するほどパウダーだったんですよ!

女性のみなさんでも、通常角スコとかでもなんとか頑張れたのではないかな?と思います。

ただ、雪害地区に、こんなに感動するパウダーは、ほぼないんですがねぇ(;_:)

地場の若い世代のメンズのボランティアさんが、「山用スコップで大丈夫?角スコに変えるかい?」と声をかけてくださったのですが、筋力トレーニングがなっちゃいないわたくし(笑)、「これで、大丈夫です!ありがとうございます!」と、軽量雪山用角スコで奮闘していったのでした。

そして、みんなでがんばり、いざ、道路開通!


開通後の一番目のお客様は、ゴールデンレトリバーちゃんでした☆☆☆


超嬉しそうな顔で、しっぽ振り振り、スキップのようにしながら走っていきました!

リーダーさんは、ご夫婦が万が一の時のために裏手の門扉からも出入りが出来るよう、門扉に到達するまでの道まで作ってくださって!

お父さんの指の骨折が治り、畑の雪も溶けて、また、ご夫婦で生きがいに復帰できるといいなと強く思いました!


お茶菓子などもいただいて、お父さんも「胸に秘めた骨折」をボランティアに解放出来たことで肩の荷が楽になったのか、他のボランティアさんたちともフランクにお話されるようになりました!

特に、やはり地場の若い世代のボランティアさんが来てくれてお話が出来たことは安心感につながっていたと思います。


最初のお宅に荷物を置かせていただいていたので、社協スタッフさんたちが迎えに来てくれた時に、再度、おかあさんにご挨拶。

お母さん、自分がボランティアをする側だった時の良い思いでを思い出したのでしょう。

若い世代の秩父の町の女性陣やメンズさんがボランティアに来てくれて、自分がボランティアをしてきたことが、町の若い世代に継承されていることを強く嬉しく感じたのでしょう。


「未来の希望が明るくなってきた!!!」


と何度も繰り返しておっしゃっていて、数年前にご主人を亡くされたりしたことへの涙の顔から、明るくシャキシャキとした笑顔に変わっていました☆

やはり、地場の若い世代の方々の力って、秩父のような風習が残る地域での災害ボランティアでは、本当に大切なことだなと強く感じさせていただきました。


半日の活動にはなってしまいましたが、リーダーさん、県内や都内から来たボランティアさん、そして地場の若い世代のボランティアのみなさん、本当にお世話になりました。

ありがとうございました。


秩父市社会福祉協議会の局長さんとも最後に話したのですが。

雪溶け&春を待つと同時に、やはり、元々地域ボランティアが盛んな秩父でもあるので、若い世代の方々が歴史長くやっているボランティアグル―プさんの力を借りて、今後は秩父らしくやっていきたいとのことでした。


自然災害が発生したら、どこの地区でも何も知らずに感情だけで「ボランティアに行く」ことより大切なことが、たくさんある。

そして、そこの地域性を大切にすることもボランティア。

それをわかっておらず・・・なボランティアさんが非常に多いことが、今後の日本の災害時ボランティアの課題だと思います。

埼玉県は、埼玉県社会福祉協議会がリーダーとなって、各市町村の社会福祉協議会で、災害ボランティアセンター運営実施訓練を重ねています。

社会福祉協議会や地場の若い世代のリーダーの下では活動したくないよ・・・なボランティア団体は、もう、時代遅れなのが、埼玉県です。

地域コミュニティ(秩父では、また独特な言い回しがあるのですが、一般的に耳馴れているのは、自治会でしょうね)、地場で協力してくれる企業さん、ここを破棄するものの仮置き場にしていいよと許可してくれる地主さんや家主さんは、ベッドタウンに行けば行くほど少なくなります。

埼玉県内、どこの地区で自然災害が起きても、地域コミュニティの力等で、乗り越えていきたいものですね!

そして、各市町村の特徴を最大限優先し、各市町村の若い世代のリーダーの下、社会福祉協議会が運営する災害ボランティアセンターの下、県内のみんなでやれる人がやれる範囲のことをやっていきましょう!

一般ボランティアさんが帰った後で、いろんなケアをしていくのは、自治会長さんや民生委員さん、医療福祉従事者さん、社会福祉協議会や市町村役場さん。

そうしたことも踏まえて、自然災害が起きたらの流れを踏まえると。

その地域の社会福祉協議会さんの下&その地域の若い世代の方々の下につくのは苦手で、一般ボランティアが自由に何かやって、後々のケアが大変になってしまう・・・というのは、埼玉県には合わないでしょう<(_ _)>


最後に、秩父の若い世代のボランティアさんたち、リーダーさん、県内や都内から来ていたボランティアのみなさま、へんてこ夫婦を受け入れてくださって本当にありがとうございました!!!

久々の秩父弁を聞かせていただけたことも懐かしくて嬉しかったです!


今度は、秩父市社会福祉協議会の事務局長さんとお約束した通り、観光で秩父に帰ります☆

道の駅の「秩父の水」がすっごく気になったのですが、今回は夫婦共々バテてしまったので心残りです(^_^;)

そして、20年弱ぶりに秩父に帰ってみたら、めっちゃ発展していてビックリしました!!!

道の駅もそうですが、サンクス!?!?!?みたいな(^_^;)

災害ボランティアセンターにあった横断幕に、「しめじ食べたかったー」と書きたかったのに書けず残念でした<(_ _)>
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