11月のT4~福島県・新地町☆情報交換会~

約、一年ぶりに、福島県の新地町・仮設住宅自治会長さん&町議員さんである、三宅さんにお顔出ししてきましたー☆

思い付きで、渋滞がないなら、新地の三宅さんに会っておきたいな!と、呟いた代表に、イエス!してくれた、しげきよおのくん…さて!まるで1セットみたくなっていますが、本当は何人でしょう(笑)!?…に、多謝♪

ちなみにー。

帰路で、ワタクシ代表が、ナビの自宅を、うちにしてけろ♪と呟いたら、殺戮的な瞳で見つめられたことは、言うまでもありません(^-^)v

おー!怖っ(((・・;)

代表の職権濫用が、もっと通用するように精進していきます!


さてさて、1年ぶりとなる福島県・新地町。

いつもは、仙台から東部有料道路を大幅に使ってしまうのですが、今回は下道で。

宮城県の山側の道を行く~☆

曇っていたのが残念でしたが晴れていたら紅葉を素敵に楽しめていました。


三宅さんは、奥さま&かわゆいお孫ちゃんたちが、キャンプ旅行に出掛けてしまったから、今日の夕飯はひとりなんだーと、少し寂しそうでした。

あんなに、かわゆいお孫ちゃんたちと、優しい奥さまがお留守だと、確かに寂しいですよねー。。。

娘さんにも1年ぶりにご挨拶!

お孫ちゃんたちが、ママの手作り表札が素敵でしょと照れながらも誇らしげにしていた、あのスマイルも素敵な三宅さんの娘さん♪


今回は、仮設住宅の集会所で、三宅さんと、わたしたちで情報交換会をさせていただきました。

懐かしい、この仮設住宅の集会所。

2011年残暑に寄せていただいた時には、仮設住宅の仲良しなみなさまがワイワイと遊びに来てくださって、本当に素敵な優しい空気でいっぱいでした。

みなさん、同じ集落から来ておられているから仲良しなんだー♪と。

年齢や男女問わず、下の名前に「ちゃん」を付けて呼びあう間柄。

グリーンカーテンで育った、綺麗で立派なゴーヤをお土産にいただいた時は、ゴーヤ大好き☆なワタクシ、大喜びでしたー(*´∇`*)

今回は夕方に到着、しかも寒かったのもあって、仮設住宅の通りに出ている方はいなかったのが残念でしたが。

三宅さんにお聞きしたお話は、本当に考えさせられることばかりでした。


2011年の夏や、1年前にお会いした時より、課題が、どんどん深いもの・将来を見据えたものになってきていました。

2011年の夏には、放射能が、空気中に舞っているなら、ピンクや黄色とかの色で目に見えたらいいのにねぇ…と、おっしゃっていたみなさまでしたが。

1年前は、やっと、津波で家を失った方々の土地を、地価の何割で買い取ってくれるかが決まって、ものすごく前進した!安堵した♪とおっしゃっていた三宅さんでしたが。

あれから1年。


土壌の入れ換えは新地町では総て終わり、計測でも問題がない☆☆☆

新しい住宅を建てる坪数が、各ご家庭で決まった☆☆☆


…あら!?1年経って、まだまだそこのステージかぁ(>_<)…


坪数が決まったのはいいけれども、今までのように広いお庭があるとかではなく、まるで、首都圏の細長い土地にすし詰めのように家屋を建てるしかなく、お隣さんとの隙間も少しだけ。

この環境の変化に、高齢な方々が、すぐに慣れるのか不安を感じる。

山を切り開くしかなく…津波被害に遭った土地には家屋を新設出来ないため…、盛り土に家屋を新設することになる方々の不安や抵抗感の強さ。

家屋や町営住宅を建てる!のは良いけれども、東北3県が同じ状態なため。



資材がない または 高い



大工さんが足りない…復興建設のために数年間だけ大工さんになる方々が少ない…



重機が足りない



とゆー現実を、日本の国民のみなさんは知らない。



こういったことなどの要因から、復興計画通りに家屋新設が進まなかった時に、仮設住宅には二年間しかいられないという震災初期の条件に変更がないとなると、極めて生活困難な状況になるから、そうならないように何とかしないといけない。



福島県・新地町は、仙台に電車で出ることが出来た地区だったため、仙台に通勤している方々や、仙台に通学している方々がたくさんいます。

逆に、郡山他の福島県内の中心部に出るほうが大変だった町です。

しかしながら。



JR 常磐線の復旧が遅れている


何年先になるのか全く見えない



新地町などの福島県では、どこに鉄道を走らせるか、もう決まっているのですが、宮城県の隣町の一部の地区の地主さんが首を縦にふってくれず、福島県・宮城県共闘が進まない。

JR も、赤字になり国からの補助が出るのを待っているのか、進捗に積極的ではない。

そういった先の見えない不安や不便さから。


若い世代の、新地町流出に歯止めがかからず、こんなに仲良しばかりの仮設住宅の方々も、合計で十数世帯が新地町を離れてしまった。



1年前には、そういったことも覚悟して、最後までこの仮設住宅の住民の行き先が決まるまで自分は残る!それが、わたしの信念なんだよなぁ♪とおっしゃっていた三宅さんも、さすがに寂しそうでした。



若い世代に、新地町ならではの農業を…と言うのは、放射能風評被害で、市場で安価にされてしまうことを考えたら出来ない。

若い世代や、震災で仕事を失った方々、風評被害で潰れてしまった漁業に就いていた方々の仕事は、復旧や復興関係の職種では長い将来行き詰まるため、産 業や雇用をどうにかしていかないといけない。



そして、ずっと抱えている放射能→風評被害の根深さ。

せっかく育て、収穫した野菜。

検査でも大丈夫だったのに、今回は市場に出さないでくれと言われてしまい、廃棄するしかないこともある。

ハウス栽培であっても、検査合格でも、福島産というだけで、まだまだ、このような状態が続いている。

福島県に住む人たちも、日本の県外に住むみんなも、放射能が怖いのは同じだから、福島産の食物は遠慮したい気持ちは痛いほどわかるけれども、いつまで続くのか先が見えない。

そして、きっと、日本のみなさんには、これらは知られていない。



新地町では、山の猪や雉を狩猟して、楽しんで食する文化もあった。

ところが、ある日、猪を狩猟して美味にいただいたじいちゃんから、高い放射能検査結果が出てしまい、それをきっかけに、狩猟する楽しみや文化も失った。

すると、山から里へ、どんどん猪などがおりてきてしまい、道を群れて歩くようにもなってしまった。

畑の作物を荒らしたり、何より、猪の群れが道を歩くようでは、危険が高い。

ハクビシンも増えており、ハウス栽培を荒らしたりする。

狩猟して山へ戻すことも話し合ったが、美味に食するわけにはいかないため火葬するしかない。

猪一頭の火葬代が。


6万円!!!


誰が払うんだー???


猪は、山の土深くに染み込んだ放射能を含む水分を何らかの形で摂取している可能性もある。


火葬したとして。



灰は、どこで、どうやって、処理したらいいんだー???



復興予算の仕訳とやらが流行しているけれども、仕訳されちゃいそうだよね、猪の火葬代とかなんて。

でも、実際に生活していたら、大問題だし、震災前・放射能問題がなければ、こんなことにはならなかったわけだから。

そうした、リアルな声を何も聞かずに、仕訳とかされたらどうしようもない。

解散総選挙…今までと内閣の顔ぶれが変わったり、 復興予算の仕訳が激しいものになると、今まで積み重ねて来たものが一からやり直しになったり、本当に町の人々のためになる復興予算まで仕訳されない か、非常に心配。

それに、どの政党も、消費税や尖閣諸島他課題、沖縄の課題は政策の目玉としているが、復興について目玉としてくれている政党がないんだよ!



関東以南では、報道でも被災地の現実を公開することが減ってきたから、人々の気持ちの中の風化がどんどん進んでいる。

報道他では、よいことしか取り上げていないとさえ感じるのは、ちょっと背中が寒くなります。

そして、風化が進み止まらない反面、風評被害だけは、こんなに強く残っています。



日本のみんなが、良いことも良くないことも、福島県のみなさんと分かち合って、震災の被害から目を背けずにい続けること

その覚悟を決めること




これが、おうちでも出来る震災支援ボランティアの1つなのではないかと強く感じました。


東北3県とその他地区のミスマッチ・溝の苦しみから、新地町のみなさんが少しでもリラックス出来るといいよねー。

来冬は、三宅さんの仮設住宅で、T4足湯ボランティアやりましょう!

そう声をあげて、三宅さんと、しばしのお別れになったのでした。



震災から1年9ヶ月…。

まだまだ、震災は終わっていないのです。

日本中のみなさんと一緒に、ワタクシどもも、考え、歩みを続けていきたいです。

みなさま、どうぞ、細くとも息の長い応援を、よろしくお願いいたします。



追記

過日の東日本大震災の余震とうかがえる地震と津波警報・注意報により、新地町でも避難指示が出されました。

宮城県に近い福島県なだけに、放射能の不安だけではなく、余震や津波への緊張感も非常に高かったと思います。

ご心痛いかばかりかと案じるとともに、町のみなさまが体調を崩されませんよう、T4一同心よりお祈り申し上げます。
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