活動報告その1~なお~

T4代表ありさの相方なおです!

と、言いたいところですが。

なお父が、震災支援ボランティア2013GW活動直後に脳梗塞で倒れ入院治療中なので。

なおが話していた一部を、ありさが代筆してみますね♪


まず!

震災支援ボランティアに行って、とにかく良かった!!!

母や姉、職場のみんなにも語ってしまいました(^_^;)

TEAM 4 U は、本当に志が高く、個性あふれるメンバーたちが集まっていて、みんな、個性尊重!

おかげで、俺のオヤジギャグやメンズトークも、みんな、適当に?楽しんでくれました!

若いゆーこちゃんが、俺のオヤジギャグとかで大爆笑してくれてホッとしました!

しげには活動前に会ったことがあったので、往路のあいのりも安心出来ました。

えーちゃんには初めて会ったけど、自分が今までに会ったことがないようなキャラで、普通に生きていたらえーちゃんみたいなタイプの人と出会わなかったかもしれないと思うと、すごく刺激になったし、えーちゃん語りモノマネも楽しんじゃいました(笑)。

かずさんは、頭が良くて真面目でボランティアには熱いけど、ハイエースあいのり組に興味を持っていたから、きっとまだ猫の皮をかぶっているんだと思う(笑)。

ちえちゃんは大人しい感じだけど芯がしっかりしている感じで、かずみちゃんは明るくほんわかしていながらしっかり者さんで潤滑油みたい!

T4って、すごいなーと思いました。


でも実は、本当に不安だったし緊張もしていました。

震災後、職場の宮城県出身の方から話を聞くことはあっても、映像でしか見ることがなかったので、いまひとつ、自分自身の問題・日本のみんなで考えていかなくてはいけない問題だと思えなかった。

福祉系の資格も持っていないし、仕事は鉄道の保守だし、ボランティアなんてやったこともなく。

口下手だし、俺なんかが行っていいのかな?迷惑や邪魔にならないのかな?と思っていました。


ありさの相方になる前から、ありさから震災支援ボランティアの話は聞いていました。

被災地のみなさんが、いろんな苦難を乗り越えて歩んでいることも聞いていました。

活動の前になると、ありさは、相方のオレそっちのけでネットやメールをしたり、メンバーと電話をしたり、準備をしたりしていて大変なのかな?と思いつつも、なんかよくわからなかった。


今回、初めて震災支援ボランティアに行くことになり、もちろん、鉄道保守の仕事をしている自分は、津波被害に遭ってしまった鉄道はどうなっているのかを目で見てちゃんと感じてみたかったのもあるし、少しでも何か役に立てればという強い想いもあったけど。

やっぱり、動機としては、ありさの相方だからというのもあったと思います。

動機としては非常に不純だし、参加するまで、この動機の不純さに葛藤することもなかったです。

参加してみて、動機が不純だった・・・と、ありさに言ってみたら。


動機とか、きっかけなんて、わたしは、別に気にしたこともないし、気にする必要もないと思ってる。

そんなことより、わたしが興味があることは、参加してみて、メンバーがどう変わったのかだ。


そう言っていました。


少し、肩の荷が降りたような気がしました。


活動初日は、「とにかくお湯を作ることが第一!」とありさから発令されていたので、まずは、経験者のしげや、えーちゃんのやり方を見ながら、足湯やお茶出しのためのお湯づくり・管理をしていました。

女の子たちは、受付やお茶出し、いちご出し、足湯前の簡単な血圧チェックなんかをメインにやっていたのですが、予想以上にたくさんの方々が集会所に来てくれて、みなさんの待ち時間も長くなっていきました。

ここの仮設住宅のみなさんは、ボランティアとの交流が上手とありさから聞いていたし、しげやえーちゃん、女の子たち、かずさんがみなさんとお話をされていたりするのを見ていたら、なんか楽しそうで、自分も足湯をやったり、いちごを出したりしながらみなさんとお話をしたくなったので、お湯の管理が回るようになってからは、しげやえーちゃんに教わりながらやってみました。

みなさん、本当に暖かい方々ばかりで、会話も自然と弾んで、本当に楽しかったです!


ありさは、少し離れたスペースで、マンツーマンでお話をされていることもありました。

地区のことを知り尽くしているだけあって、〇〇病院に通ってるの?とかから始まったら、みなさんの信頼度がアップしたみたいで、マンツーマンでお話される方の中には、特に、ありさがお話してと頼んだりしていないのに、辛いことや苦しいことをポツリポツリと自分から話して泣いていました。

それを見て、ありさって、なんか、すごいなー、俺には真似できない・越えられないことってあるんだなーって思ったし、尊敬もしました。

それをありさに言ったら。


T4なら、誰だって、そうなれるようになるよ、自分次第でね♪


と言われました。


俺もそうなれる時が来るのかなー。


午後になると、小学校5年生の男の子が遊びに来ました。

女の子メンバーの背中に乗ったり叩いたりしながらいろんなことを話していました。

好きな授業が「体育・算数」だったし、バスケや野球が好きだと言っていたので、俺もやんちゃだったし、バスケや野球もやっていたから、自分と似ているなって思って遊んでみることにしました。

この地区の子どもたちの一部は、心に大きな傷を抱えていて荒れているケースもあるから、あまりに荒れていたら、ありさが言葉掛けするし、臨床心理士のえーちゃんに任せると言っていました。

前回、完全アウェーになってしまったと聞いていたし、俺はありさとタメで、男の子にとっては、お父さんとか学校の先生世代なのかな?と思ったので、大人げなく(笑)「あんまりムチャしたら怒るからな♪」と最初にオトコ同士の言葉をかわして、あとは本気で(笑)全力で遊びました!

部屋の中で、お姉さんたちがいる安心感の中で遊び続けていたいようだったが、やっぱり、小学校5年生ともなると部屋の中で外遊びのようなことをするのはムリがあるので、外で思いきり遊びました。

年には勝てねー!と思ったけれど、すごく楽しかったし、最後は、ベターっと抱き着いて離れなかったりしたので、少しでも良い時間になっていればいいなと感じた。


いちご狩りは、俺ら男性陣とありさは、活動終了後に行かせていただいたのだが。

どのいちごが甘くて美味しいのかわからない!!!

でも、ありさたちに聞くのは嫌だなって意地をはって、自分で挑戦してみました!

この日は、かなりお客様が来たようで、どうしたら甘いいちごをゲット出来るのか本当にわからなかったのですが、自分なりにすごく楽しめました。

練乳も買わせてもらって、いろんな楽しみ方が出来ました!

30分・1500円で食べ放題だったのですが、あっという間でもあり、眠くなるほどお腹いっぱいになれました!


翌日は、津波被害が大きかった地区の離島に行きました。

朝早くに拠点の仙台を出発して、地区の仮設商店街さんいくつかに顔出ししました。

お花屋さんでは、女の子たちが、「島に何もないって聞いているから、お花でも持っていこうよ!」と、お花選びを楽しんでいました。

仮設商店街って初めて足を運びました。

ニュースで見たことはあったけど、自分が映像の中に入るのと、映像で見ているのとでは全然違うなーって思いました。

商店街のお父さんたちが、こいのぼりをあげようとがんばっていました。

立派なこいのぼりで思わず見とれてしまった。

商店街の会長さんに挨拶もしてみると、お店にいた商店街のみなさんが外に出てきて、こうした小さいことかもしれないけれども交流が大切なのかなと感じました。

カフェでは、これから行く離島出身の男性がいて、震災前の、この離島ならではの祭りとかが収録されているDVDを女の子たちに見せてくれていました。

俺は、ありさと一緒に、カフェのアイドル・2歳の「あさひちゃん」とお姉ちゃんと時間を過ごしました。

あさひちゃんとは、震災後すぐに生まれてからの付き合いだそうで、あさひちゃんが5ヶ月の頃には、ありさの腕の中で「眠いーーー!」と泣きつつスヤスヤ眠ったり、去年はつたい歩きとモップをしていたんだそうです。

2歳になったあさひちゃんは、コーラをもらって、ぷはーっ♪ってやっていました(笑)。

プランターの中から丸い石を探り出して「どうぞ♪」をしたり。

地区は津波で大きく被害に遭い、遺構として残す建物とかは横に倒れているし、街並みはまだまだ戻っていないけれど、狭い仮設商店街の中を駆け回ったりしてノビノビ遊んでいました。

中学生になったお姉ちゃんは、かふぇの奥さんであるお母さんがヘアカラーをしないと反抗期なのか、おしゃれが気になる年頃になってきたのか、ぶつぶつ言っていたけれど、ありさとかが、ガールズトークをしたりしていて、おじさんの俺じゃ、話がしづらいよなーと感じることもありました。

この地区は、なんだか、本当に自由な空気でいっぱいで、すごく気に入りました!


今回行く離島にボランティアが入ることは、船の欠航が多くてT4が初めてとなったと聞いていました。

3日前に、他のボランティアさんも合流すると話が出たのですが、港に集合してみたら、聞いてなかった他のボランティア団体さんが多数でいました。

どうなるんだろうと不安になりました。

ちょうど、3日のあいのり移動時のGW&事故渋滞の疲れがドッと出ていて疲れがひどくなったので、船では酔わないように寝ました。

船から荷下ろしをして、山の地形である島の頂上にあるコミュニティスペースに荷物を運びながら歩きます。

幸い、重さのある荷物は、島の方が軽トラで運んでくださったので助かりましたが。

どうにも疲れがピークで、女の子たちが「景色が綺麗!!!」とかニコニコしているのに、俺はコミュニティスペースに到着するまで必死だった。

到着してみると、前日の地区の集会所とは環境が全く違って、給湯もなく、ガスコンロもなく、電源を取るにも苦労した。

もちろん、鍋もやかんもない。

一休みしたかったが、「わたしは鬼だよ♪」と言っていたとおり、ありさはどんどん指示をだして準備を進めていく。

鍋は島の方からお借りして、ペットボトルでいただいていた水の物資を使って、カセットコンロと電気ポット1つでお湯を作って。

前日はやらなかった入浴剤を使って温泉風にする。

前日、予想よりたくさんの方々が来てくれたのでタオルが不足していたが、タオル物資もいただいていたので難を逃れた。

いちごもペットボトルの水で洗って出し、お茶もペットボトルの水を沸かして作る。

全国からのおやつや、仮設商店街で買ったお花も並び、前日より工程が増えた。

ヘトヘトになって、お昼を食べてから外で一服していると、脳こうそくで麻痺を後遺症として持っているお父さんが出てきた。

お母さんと話をしてみたら、俺が15年間住んでいた県出身だったり、お子さんやお孫さんが埼玉県に住んでいることもあって話が弾みました。

お父さんの登り坂歩行介助は、思っていたより大変でした!

ありさがコツを教えてくれたのですが、一歩ずつ時間がかかるし、介助側は足腰に来ますね。

それでも、お父さんは、動く手でOKをしてくれたり、足湯を楽しんでくれたりして本当に良かったです!

お母さんは「たまのリラックスだから、今日だけはお父さんと別行動するの♪」と言ったりしていて足湯も楽しんでくれました!

お母さんから「連絡先を交換しよう♪」と言ってもらえて、本当に嬉しかったです!

自分の父さんが倒れてしまったから手紙を書いたり出来ていないけれど、落ち着いたら手紙を書いたりしたいです。

また、会いに行きたいし。


島唄や島の踊りも披露していただけて、本当に楽しかったです!


反省点は。


震災支援ボランティアを甘く考えていたこと。

ありさから「GW渋滞とかキツイし、それが後々になって響くから、運転交代の時はちゃんと寝て、体力配分をするように」と言われていたけど、不安や緊張感があって、往路の移動中は寝ることが出来なかった。

車の中は楽しく♪に集中しすぎたこともあるし、運転だけではなく活動もすると、こんなに疲労がたまるんだなと感じた。

もっと、準備とか緩く出来ないのか?ってありさに聞いてみたら。


最高の準備なくして、本番で良い結果が出るわけがない

それでなくても、当日になって変わることとかたくさんあるのに、準備を緩くしたら、主役である被災されたみなさんが落ち着く空間にも出来ないし、みなさんが遠慮がちになるだけでしょ?

そんなボランティアは、どこの誰でも出来る

T4は、震災支援ボランティア日本代表だから、そこは譲れない


と一蹴されてしまった。

本番よりも準備に力を入れる・・・自分も、鉄道保守の仕事をしているから、それと同じだなと思うと、自分の至らなさが情けなく思えた。


じゃあ、活動中、もう少し早く出発して、ゆったりできる時間を作らない?と持ちかけてみると。


T4代表の活動中の平均睡眠時間は3時間だけど、もっと早く起きるしかない?

ま、震災当初は、平均睡眠時間2時間で運転も活動も何日も続けてたんだから、やろうと思えば出来る

でも、今は、活動後すぐに仕事が待っているからね

みんなの「もう少し早く出発」を、そう簡単に実現できることだと思ったら、そうでもない


って。

全国のボランティアのみなさんからお預かりしている物資の検品や、どこに何を持っていくことがふさわしいのかとか考えながら仕訳をして、メンバーみんなの体調も気に掛ける。

ミーティングでみんなと共有するべきことを考える。

メンバーみんなのコミュニケーションがうまくいっているか様子をみる。

数日前・突発的にリクエストされることに応えるために、どうしたらいいかを考える・即実行する。

チームの経費が予算通りに動いているか、最低限のチェックをする。

天気などを考える。

どの道を通って、どこで休憩をとって、万が一渋滞したらどうしてこうしてと考える。


俺は、前乗りの日から、すぐにホテルでお風呂に入らせてもらったし、すぐに寝かせてもらってしまったけど、ありさは、その時間に、無数のことをやっていたんですよね。

休憩したかったろうし、早く寝たかったろうけど、その時間を削ってでも黙々とやってたんです。

知らなかったし、それらがどれだけ重要・大切なことかも認識が甘かったから、ついつい軽はずみに考えてしまって。


ありさがいてくれるから何とかなるだろう・何とかしてくれるだろう


ぶっちゃけ、そう思っていました。

ありさから事前に来ていた荷物やタイムスケジュールとかを始めとするメールやメンバー専用掲示板連絡事項は、仕事で疲れていると読まなかったり読んでも頭に入らなかったり。

今回の活動中、経費が消えた!?事件が起きたけど、どうしてこんなことになったのか推し量ることが出来なくて責めてしまったり。


わたしは神様じゃないから、全員のリクエストには答えられないし、ミスもする


なんで、そんなキツイこと言うのかな?って思いました。

で、今度は、ありさがそんなに疲れている理由はなんだろうって心配になったし、どうしたらいいかわからなくなった。

そうしたら、ありさに言われたんです。


あのね、今回はほとんどお留守番組だけど、長年のメンバーたちは、仕事の合間を見たりしてメールや掲示板を全部読み直してから活動に入ってくれるの

そうすると、活動中に、メールしたことや掲示板に書いたことを、わたしが繰り返すパワーや時間が減るんだよね

わたしを助けたいと思うなら、まずは、そこから始めてくれる?

最高の準備なくして本番で良い結果なんて出ない

じゃぁ、何を改善したらいいか?って、まずは、すっごく地道だけど、基本・基礎なんじゃないの?

基本や基礎なくして応用なんて出来ないし、代表を助けることなんて出来ない

やっぱり、長年の経験者がわたしだけじゃ限界って結果なのかもしれない

だったら、長年の経験者たちに8月の活動とかで1日でもいいから帰ってきてもらう


俺、すっげーショックでした。

立ち直れないって思いました。

初めて参加して、長年の経験者メンバーさんたちのことを言われたら。。。

だから、それは言ってほしくなかったって、正直に、ありさに言ったんです。

そうしたら。


悔しいなら、自分自身と闘うしかないんじゃない?

ここで「もういいや!」と切れて辞めてしまうのか

「少しでも先輩たちに追いつけるようにやってみよう!」と奮起するのか

そーゆーのって、ホント、自分自身と闘うか闘わないか・選ぶのはあなた次第です♪なんだよね

会いたい人たちがいる・帰りたい場所がある

だったら、こんなところで心折れてる場合じゃないような気がするよ

震災支援ボランティアって甘くない

本当に簡単そうで、楽しいことばかりに見えて、実は全然簡単じゃないし、楽しいことばかりなんかじゃない

だって「震災」は楽しいことでもないし、簡単に乗り越えられるものでもないから

うちらT4なんて、壁の人でいいんだよ

被災された方々が主役で「良かった」と思ってくれることが一番大切

そのために、何をするのか・したいのか

自分自身と闘う・基本や基礎、準備から大切にすることから始めたら、長年の先輩たちなんてすぐに追い越して、自分色の活動をT4の中で楽しめると思うよ


俺の相方の時のありさと、T4代表の時のありさと、本当に全然違うことがよぉくわかったし。

このまま悔しいまんまじゃ終われない。

震災支援日本代表T4としてもっともっと良いチームになれるように、T4の一員としても人としても成長するために、俺は、基本や基礎、準備からやり直してみようと思います。

メールや掲示板の連絡事項は、本当に多いけれど、だからこそ、被災されたみなさんを主役に出来るって思い直して、父さんのことや仕事で疲れている時は、少しおろそかになったとしても、活動前には絶対にちゃんと復習して臨みたい。

体力配分も、タイムスケジュールとかをちゃんと把握してればやれたことかもしれないから、次回は、緩急つけて。


代表ありさがいるから何とかなる・何とかしてくれるだろう


から、少しでも卒業して、次回参加する時は、また新しく出会うメンバーみんなと楽しむときは楽しむ!で、本気で活動したいなと思っています!!!

T4のみなさんも、被災されたみなさんも、これからもよろしくお願いします!


いやぁ、牛タン食べ比べ☆も本当に楽しかったーーー!!!

関東の焼肉屋さんの牛タン、食べられなくなるよ!!!

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