8月の活動報告~ちえ~

GWの活動に引き続き、8月の活動にも参加させて頂きました。

初日にはいちご農園さんのお手伝いです。

初めてのお手伝いで、普段、デスクワーク中心のわたしにも務まるか緊張でしたが、受け入れて下さる農園の皆さんが、ボランティア参加者の体調ですとか、活動しやすいようにと色々と配慮して下さったおかげで問題なくこなすことができました。

そしてそんな農園の皆さんの様子を見て、ボランティアを受け入れるということは単に来てもらって活動してもらう、というわけには全然いかない、もっとエネルギーの使う大変なことなんだと改めて感じました。
だからこそ、ありささんが常に受け入れてくれる側への配慮を怠らないんだなあと、そしてそれがあって初めて長く続く、そして活動として意味のあるものにできるんじゃないかということを実感しました。

お互いに気遣える、なかなか出来ることではないですが、まずは自分から相手の立場を気遣っていくことがきっとスタートになる。それはきっとボランティアにおいてだけでなく、日常のどんな場面でも大切なことですよね。

2日目には福祉仮設住宅での足湯の活動です。

印象に残っているのは笑顔の素敵なおばあちゃんで、お元気な様子でしたが、震災前の自宅では自分一人でお風呂に入れていたけど、いまはお風呂の設備が自宅と違ってスタッフさんの介助がないと入れなくてね…とお話して下さいました。
その環境の変化へのストレスは大変なものだと思いますが、その方はいつも笑顔でこの施設の人気者なんですよ、ということもスタッフさんから伺いました。

けれどその後に社協の方から、ここはあくまで「仮設」のものであって、いつか出て行かなきゃならないが、行き先を確保できるか不安に感じている方も多い、というお話を聞きました。
あのおばあちゃんもかつての自宅ならきっと問題なく過ごせていたのだと思いますが、この先どういったところで生活していくことになるのか、それが見えないことへの不安を思うと、わたしには終始笑顔で接してくれましたが、きっとお辛いことも多いのではないかと改めて気付かされました。

やはり現地でいろんな方からいろんなお話を伺ってようやく見えてくるものがあり、様々な課題、問題はまだまだ山積みだということ、そして日々生活していくご苦労はやはりわたしの想像を超えるものだということを感じましたが、本当にちょっとしたことでも自分に出来ることでその大変さをわずかでも軽減できるような、そうした活動を長く続けたいいと思いました。

今回も現地でお会いしお話して下さった皆さん、私たちの活動を受け入れて下さった皆さん、そして一緒に活動したメンバーと活動をバックアップして下さった皆さんに感謝です。ありがとうございました。
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熊谷市竜巻災害ボランティア~ゼロか100かではない&自己実現の場でもないですよ~

土曜日は、相方くんが夜勤明けでの参加だったので、少しゆっくりめに社会福祉協議会(災害ボランティアセンター)さんに到着しました。

この日は、熊谷市の地域性の特徴とも言える。。。


市役所の有志のみなさん・消防の有志のみなさん・青年会有志のみなさんも、みんな、被害に遭われたお宅他でのボランティア活動に参加!!!


ベッドタウンではあり得ない、熊谷市独特な「町のみんなでやろう!」の日でした。


わたしたちはゆっくり目に到着したのと、相方くん両親の在宅介護課題の相談を社会福祉協議会さんと継続していたので。

ニーズがあればボランティア活動に参加して、なければ、相方くん両親の相談でいいよねー位の気持ちで伺いました。

熊谷市在住のたくさんのボランティアさんたちは、ニーズに呼応して出発された後でした。

わたしたちが到着した少し前に、ボランティアに参加しようと熊谷市外の小さな仲良しグループさんが来ていました。

ただ、ニーズマッチが難しかったようで待機になっていたんですね。

わたしと相方くんは、その様子を見ていたので、ニーズがなければ、義父母の在宅介護の相談をお願いします!と申し出たのですが。


災害ボランティア担当の方々から「ニーズ、あります!」と(^_^;)


ん???

待機になっていた方々のプライド、大丈夫かなぁと心配しました。

まぁ、なるようにしかならないかー・・・と。


わたし・相方くん・待機になっていた方々のうち2名の計4名で、被害に遭われたお宅にお伺いしました。

もちろん、最初の案内は、災害ボランティア担当の方も一緒です。


2階建て一軒家で広いお庭もあるお宅。


の前の道路で、ワンちゃんを連れた恰幅の良いお母さんと、品のよい華奢なお母さんがお話をされていました。

わたしは、ワンちゃんがかわいくて、おもわず「ボランティアに来ました~!ワンちゃんかわいい!!!」と(^_^;)

恰幅の良いお母さんは、ワンちゃんを褒められてちょっと嬉しそうにして。


「若者なんだから、ボランティア、一生懸命やりなさいよ!!!頑張りな!!!」


と大らかにカンカンの太陽みたいに笑って発破をかけてくださいました☆


ワンちゃんと遊びたい気持ちを抑えて「はぁ~い♪」。


ところがです。


市外在住の仲良しグループさんのうち2名の方々の空気が一瞬にして凍り、集中力がプツンと切れてしまったことがわかりました。


「なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ!?」「そんな言い方しなくてもいいのに!!!」


そんなところでした。

田舎町でのご近所付き合いや、年配者とのコミュニケーションに全く慣れていないのだなという様子がうかがえました。


ボランティアをお願いしたいと申請されたお母さんは、品の良い華奢なお母さんでした。

災害ボランティアセンターには「家の1階と庭のガラス撤去」を依頼されていました。

門や玄関のあたりも、お庭もガラスが非常に多く飛散していましたが。

お家の1階を見せていただくと。

ガラス飛散よりも。


山盛のコードが非常にシステマチックになっている→音響セット


が、目に入りました。


これ・・・。

お母さんのご趣味ではなさそうだよね。。。

お母さんの旦那様か、息子さんとかのご趣味だと思われるのですが、旦那様も息子さんもいらっしゃいません。

このシステマチックぶりからして、相当大切にされてきたのがわかるので、コードや音響セットを動かしたりバラしたりしながらガラス撤去をしてよいものかどうか迷いましたが。

でも、旦那様か息子さんも、いずれにしたって、セットを動かしたりバラしたりしないとガラス撤去とか出来ないよねと判断。

相方くんなら、特に指示しなくても、大切にしながら&お母さんとコミュニケーションを取りながら、グループ2名の内1名のメンズさんと一緒に活動してくれるだろうと思って。

まぁ、T4ならではなのかもしれませんが、信頼という名の「放置」なんですが(笑)。


わたしは、グループ2名の内1名の女性の方と一緒に、門からお庭にかけてのガラス撤去へ回りました。

2階建て一軒家の1階の掃出し窓が、竜巻の通り道になってしまっていました。

広いお庭は、雑草が背高く伸びていて、パッと見は、大きなガラス片しか見えません。

どうしようかなーと思いながら、まずは大物さんから撤去していきながら様子を感じていると。


品が良く華奢で日傘をさし、熱い中長袖のTシャツにパンツルックのお母さんが、庭や屋内で活動するわたしたちを見ながら、庭のかなり隅のほうで鍬をかいていました。

お母さんは、庭の隅のガラスを鍬で集めたいのかな?と思い、ガラス片を集めながらもっと空気を感じていると。


違う。


お母さん、わたしたちやお家の方向を見ながら、左手で鍬を2~3回引いては止まるんですね。

ガラス片を集めようと鍬を引いているわけではなく、鍬で地面をさすっているだけ。

完全に、心ここにあらず。

いきなり見ず知らずのボランティアさんが来てどうなるのか不安が強いのかな?とも思いましたが。

何かありそうだと判断して。


お宅の音響セット、すごいですね~♪から始めてみました。


音響セットは息子さんの趣味だとのこと。


この大きなお宅には息子さんだけが住んでいたのだが、その息子さんは海外赴任で今は日本にいないとのこと。

来週、息子さんが一時帰国したら、お宅の2階の片付けなどをさせよるとのこと。


2階ね、2階・・・複数の窓には、ガムテで×が大きく貼られていて、割れないよう補強されていました。


2階の窓は、お母さんがされたんですか?と尋ねてみると、近所のみなさんがやってくださったとのこと。

近所のみなさんが、これだけ助けてくれたのに、家族が何もしないのは申し訳が立たないから、息子さんに一時帰国してもらうようにしたのだそうです。


田舎町特有ですね。


しかしながら、ちょっと気になるのは。

この大きなお宅に、息子さんが1人で暮らしていたということ。

近所の方々と一緒にお母さんも2階をどうこうしたわけではなさそうなこと。

来週、一時帰国する息子さんが、どれ位の期間滞在して片付けを出来るのかが見えないこと。


お母さんは、近所に住んでいて、竜巻被害に遭ったことも、近所の方から教えてもらって慌てて飛んできたとのことだったんですね。


息子さん、海外にいるなんて、すごいですねー☆


ゆったりお話をしてみようと思いました。


ご一家は、お父さんのお仕事の海外赴任の関係で、世界のあちこちで生活をされていたのだそうです。

お母さんも英語がペラペラなのではなく、特に、アメリカ西海岸カリフォルニア州で暮らしていた時は、自分たちと同じような日本人仲間さんたちがたくさんいて。

日本人の奥さん同士で、パッリワークやキルトをたくさん楽しんでいたので日本語だけで十分だったのだそうです。

パッチワークやキルト仲間さんたちと一緒に、困っている方たちなどのために寄付をしたり、キルト会を開くボランティアを長年されていたのだそうです。

それはそれは充実して輝いた日々を過ごされていたとのこと。

ところが、お父さんの身体の状況が良くなくなって病院にかかることになったのですが。

日本語でさえ難しい医療専門用語の英語は、お父さんもお母さんもよく理解できず。

日本に帰国して病院にかかってみると。


あんなことになってしまって・・・


と、お母さんがおっしゃっていました。

お父さんを見送られたあと、お母さんはリウマチを発症されてしまったのだそうです。


なるほど。

だから、竜巻被害に遭ったお宅の2階も近所の方々に助けていただいて、お庭や1階のガラス片の撤去もボランティアさんにお願いをしているわけかぁ。

鍬で地面を2~3回さするのでさえ、かなり痛むのではないかと考えられました。


すると。

そんなどころの騒ぎではなかったんですね。


痛みと筋肉の可動域が狭くなっている関係で、首を横に動かしたくても動かせない・・・横を見てお話出来なくてごめんなさいねと(;_:)

極端にやると気を遣われるだろうと思って、義父の病気のことやかかっている病院など地域性も踏まえたお話をしながら、気付かれない程度に少ぉしずつお母さんの視界にわたしが入れるようにジリジリ動いて。

お母さんと、楽しかった時のお話も、辛かった時のお話も、今のお話も、たくさんキャッチボールしたら。


おそらく、あまりこういった状況にはならないと思うのですが。


長袖Tシャツと布手袋で隠していた右手を、手袋を取って見せてくれたのですね。


ほんの数秒のことでした。


かなりの変形と拘縮がみられました。


パンツをはいているけれど、膝もかなり痛くて曲げられないのだと。


さて。

この状況で、1階とお庭の「見える部分」のガラス片撤去だけで終わるのは、帰国されお疲れでショックも大きいであろう息子さんにとっても好ましいことではありません。

しかし。

ご近所さんに助けていただき、「こういうことは身内や親族でやるのが筋。その後、ご近所同士で助け合う」という田舎町独特の習慣がある中で。

全てをボランティアがやってしまっては。

ご近所さんの手前、お母さんは、余計な気を遣うばかりになって暮らしにくくなってしまいます。

同情して全てをやることは簡単ですし、息子さんにとっては大きな負担がかからず、一見、良いことづくめのように思えますが。

果たして、その先に待っている「暮らし」が最高のものになるのか???

と考えると、全てをボランティアさんがやることが決して良いことでもないケースがあることがわかります。

遠く離れた国で暮らす息子さんが、せっかく一時帰国してくださるならば。

息子さんにも、少しでも状況を目で見て心で感じてもらうことが、一人、病気と付き合いながら日本で暮らすお母さんのためにも良いと感じました。


災害被害の辛さとかを一緒に語り合ったり、共に感じることでお互いを労りあえたり、そういった家族や親族間のコミュニティの芽をボランティアが摘んでしまってはいけないのですね。


ゼロか100かではない


先日訪れたお宅のように、ボランティアが35の支援をすればよいケースもあります。


今回のお宅では、まず、この伸びきってしまった大量の雑草がガラス片を見えなくさせていて、息子さんが状況もよく分からずに帰ってきたときに怪我をしてしまう危険を回避させることにしました。

お母さんも、病気を抱えているので、転倒してしまった時などに怪我をしてしまってもいけない。


1階チームにも声をかけて、工夫&配慮ある活動を依頼しました。


鎌を持ってきていたので、庭の草むしり・草刈をしてみると。

やはり、続々と大物のガラス片が現れました。

中には、土に刺さってしまっている物も多く。

草で見えなかったのですが、このお宅ではないお宅から飛散していた瓦も多く。

土嚢袋は余裕を持って預かっていたので。

先日、地元民Sおじちゃまが教えてくれた通りに、廃棄物は分別していきました。


最初に、恰幅の良いおばちゃまから発破をかけられてモチベーションが下がってしまっていたメンズの方は「なんでここまでやらないといけないんだ」という感満載でした。

お母さんがご病気なのはわかるけれども。

ガラスを撤去したのだから次の現場に移りたいオーラ満載で。


ゆとりかーーーぃ???

指示されたこと以外やりたくないって、どーなんだ???

自分が相手の立場だったらと考えてボランティアに来たのではないのかな???

別に、100やろうよとは言ってないしねーーー。

もう、放置させていただきまして。


わたしと相方くんで、庭に転がっていた網戸の解体を始めました。

解体と言っても、Sおじちゃまが教えてくれた解体は、本当に簡単!!!

廃棄物の分別問題があるので、そこさえクリアになればOKなのです。

細かくする必要はナシ♪

やり方にコツはいるのですが(^_^;)


郷に入りては郷に従え


先日、地元民Sおじちゃまと活動をご一緒しなかったら、ここまで出来なかったと思いますし、熊谷市のルールに沿うことも出来なかったので、本当にSおじちゃまに感謝です。

休憩を含めて2時間ほどで、ここまでの作業が終了。


お母さんは「今までは自分がボランティアする側だったのに、こんなことになってしまうなんて・・・本当にごめんなさい」と大泣きされていました。


竜巻があってから今まで、ご近所さんへの気遣いや、息子さんへの一時帰国依頼などで、泣く時間がなかったのかもしれませんね。

泣いている理由とごめんなさいが、すごく気になったので。


こういうことって、巡り巡ってくるものだから、お母さんは自分を責めないでくださいね。

ボランティアをされてきたからこそ、困った時はお互い様に出逢えているから、お母さんがされてきたことが今に繋がってるんですよ~☆

息子さんが帰ってくるまで、あともう少しだから♪

と声をかけてお別れしました。


被災された方に泣いて感謝していただければ「良いことをした」わけではないんですよね。

泣く・・・ということは、実は非常にパワーを使うし、後々、その涙から立ち直れなくなってしまったりします。

次への希望を、いかに気付いてもらえるようにするのか。

次への希望があれば・次への希望に気付けば、ドーンと落ちてしまった気持ちを涙で消化することも出来ることがあります。


いろんな災害ボランティアをする時に、共通して感じることは。


何を言われても・されても、心折れないタフさと覚悟を持ってボランティアに入ること


楽しいことなんて待っていてもないよ、だって「災害」のボランティアなんだから


「災害」のボランティアに入る時に、自己実現や達成感、満足感を求めるのは、土台おかしな話です。

みんな辛い想いをしている被災地は、ボランティア自身の自己実現や達成感、満足感を得るために存在しているのではありません。

100やってもなお足りないことがあれば120でやり、100やりたくても空気を感じて35や65で引く。

「災害」のボランティアって、状況や各市町村のルール、住んでいる方々の気持ちに。


ただただひたすらに流されること


が一番大切なんじゃないかなと思います。


気持ち悪いですよね(^_^;)

白か黒かハッキリしない。

自分が主役とかでもないように感じてしまう(これは大きな誤解で、下支え役の主役なんですよね、誰もが)。

マスコミとかで称賛されるわけでもなく、困った時はお互い様のことをしているだけだから誰からも褒められない(かもしれない?)。

でも、そのグレーとか、35、65、時には120に自分が変幻自在にカメレオンになれないのであれば。

「災害」のボランティアだけをするのではなくて、他に数多あるボランティアにも参加してみるのもいいのかなと感じます。

必ずしも、被災されたみなさん全員が、今すぐ今すぐ被害に遭ったお家などを元通りにしてほしいというわけでもないので。

そんなことを感じた1日でした。

熊谷市竜巻災害~地域のみんなで復旧していこう~

水曜日に、相方くん父の在宅介護が始まり。

介助者が母一人になり、病院とは環境が全く違ったり。

父が倒れる前の家から入院中に転居したこともあったりで。

父母ともに、ボロボロのようです。

かなり参っているようなのに、誰にも会いたくないし、誰にも家に入れたくないと言い始めてしまい(((・・;)

そんな父母の代わりに、竜巻災害ボランティアで、少しでも、熊谷の街のみなさんの助けになるべく&父母が孤立しないように。


熊谷市社会福祉協議会さんによくお願いをして、市民ではないのですが、父母の代わりに災害ボランティアに行ってきました。


まずは、社会福祉協議会のスタッフさんが、父母のことを本当に親身になって相談に乗ってくださって、アドバイスをいただいたりして、お昼になってしまいました(^_^;)


午後、午前の暑さで初の災害ボランティアだった市内在住の女性の方が熱中症になってしまって早退されたので。

その方の代わりに、活動に入らせていただきました。

地元のグループホームで働いているSさんと、子育てもしながら、ご家族の理解を得て、宮城県の七ヶ浜や山元、閖上にボランティアに行っているAさん!

お二人とも、社会福祉協議会のスタッフさんたちと同様、本当に暖かく、三人+家主さんご家族と親戚の皆さん、近所の方々と、効率よくお片付けを進めることが出来ました。


離は取り壊さないといけない程の被害だったので、離にあった衣類や生活用品の9割を廃棄しなければならず。

1割しか手元に残せないのですが、その1割は、9割より本当に美しく元気な空気を持っていて。

少しでも、家主さんご家族と親戚の皆さんの励みになろうとしているようでした。


離の取り壊しがいよいよ本格化する頃になって、家主さんが、こっちの木陰で休憩してください♪ジュースがあまり冷えていなくてごめんなさいね(ノ_・,)と。

感謝して木陰に行くと、ふと見逃してしまいそうな大きな瓦が地面の草影にどっしりと。


家紋が入ってる!


ご親戚たちにとっても、本家だったんだなと気付きました。


家主さんが何気なく、ここの木陰で…と指定された場所は、奇遇にも、離の完全取り壊しやみなさんのご様子が全く見えない場所でした。

家主さんは、ここの木の影が一番気持ちがいいから…と薦めてくれただけなのですが。

ご家族と親戚の皆さんも作業の手を休めて、離の完全取り壊しを静かに見詰めていらっしゃる空気でいっぱいです。

ここは、家族と親戚の皆さんだけにしてあげてほしい、静かにそっとしておいてほしい…と、まるで家紋が入ってる瓦がそうさせたかのようで。

泣いている方はいらっしゃいませんでしたが、どんな思いで、本家である代々続いている離とのお別れをしたのか、わたしには、想像もつきませんでした。

想像もつかないんだから、静かな時間を家主さんご家族と親戚の皆さんに過ごしてもらいたくて。

長めの休憩にしてみました。

みなさん、いつまでもいつまでも、離を見詰めていらして、このまま声をかけなければ、誰一人、黙って見詰め続けているのだろうな…と感じました。

作業を黙々とやって、少しでも綺麗になるようなお手伝いをするのがボランティアとしての任務なのでしょうが。

Aさんも、Sさんも、ご家族と親戚の皆さんだけの時間を、もう少し壊さないようにしてみないか?とゆー提案を快諾してくれたので、見掛けはサボりに見えたかな?

一瞬でお家を竜巻でめちゃくちゃにされた皆さんだけの時間で、少しでもお別れやありがとうが出来るのであれば、さぁ!ガンガン片付けよう!より、静かに待つ時間もボランティアなのかもしれないなと思いました。

本当は、もっと長く、ありがとうやお別れをされたかったかもしれませんね。


土日は、役所他の有志の方々たちが、街のみなさんと一緒に活動されるとのこと☆

東日本大震災で、黒塗りの車に乗って、避難所には、一ヶ所・一回しか顔を出さなかった市町・町長さんがいらした地区とは、かなり違いますね!!!

日本全国で一斉に災害が発生している最近なので、やはり、地場のことは地場のみんなで、ある程度、やれないといけないと思います。

都会やベッドタウンでは、自治会に入っていない人も多いし、マンションの管理人さんがやってくれるから雪かきを手伝わないとかも多数だし、親戚や近所で助け合う風景もありません。

隣の家の人の顔も名前も知らないから、うちは被災しなかったから、隣の人、頑張ってねー…じゃ、ダメなんだなと痛感しました。

普段から、挨拶程度の近所付き合いや、地区のお祭りに遊びにいくなどを大切にしていきたいものですね。

8月の活動報告~なお~

8月の猛暑の最中、自身二回目の復興支援ボランティアに参加させていただきました。


11日はイチゴ農園さんの手伝いに行き、まぁー 気持ちいい汗をたっぷりと掻きました!

ハウス内の気温が45度になる中、次年度のための地道な作業で、しかもあんなに広大な量を、徳広さんが一人で黙々と日々頑張っていたなんて、言葉にうまく表現出来ないのですが、凄いなぁと圧巻でした。

徳広さん、弟さん、お母さん、とても楽しい時間を過ごさせて頂きほんとにありがとうございました。

出来ればあの大きな冷蔵庫を、後日仕事中熱中症で倒れた俺に下さい(笑)。


翌12日の福祉仮設住宅の活動では、今回、密かに楽しみにしていた事が待っていました!

それは、5月の活動で立ち寄らせていただいた、仮設商店街カフェの、2才過ぎの女の子あーちゃんとの再会です。

あーちゃんはとにかく野生児、可愛過ぎます☆

だけど、俺にひとつも興味を示してくれません 。

今回少しは仲良くして貰えるかなと思って期待して行ったけど…、見事に返り討ち。

顔を洗って出直してきます(今度こそはお願いします、あーちゃん 仲良くしてね)!


福祉仮設住宅での足湯活動の後、ありさや他のメンバーさんたちが、2011年9月の山津波被害に遭われたお宅の泥だしや片付けをさせていただいたお父さんに顔出しをすることになりました。

お父さんとは、自分は初めてお会いしたのですが、最初、自分達が顔出しに来たことにビックリされていました。

もう、二度とボランティアさんには会えないと思っていたとおっしゃっていました。

心が辛い時期もあったから、こうしてまた遊びに来てもらえるなんてと言われていました。

しみじみした後は、お父さんの得意なオヤジギャグで笑ったり、仙台育英高校の甲子園での素晴らしい試合の話をしたり、短い時間でしたが、よい時間を過ごさせていただきました!

お父さんの笑顔は、一生忘れないし、また会いに行きたいです。


最近思うことは、日本全国で様々な災害に見舞われているけれど、困った時はお互いさまなんだから、辛いときは辛い、苦しいときは苦しいって、みんな、遠慮せずに本音をもっともっと言っていいんじゃないか?ということです。

あのお父さんのように。

同じ被災を受けていない自分には、全てを理解することは到底出来ないことだけれど、何かの形で応えたいし、日本のみんなが、お互いにそうであれればいいなと感じます。

人間だから、被災した直後だけ辛かったり苦しいわけじゃないと思うので、遠慮せずにいつでも本音を言ってもらえるボランティアでいたいです。


8月のイチゴ農園さんでいただいた、これが、今の俺の宝物になっています!

俺のキャラじゃないかな!?



8月の活動報告

まりこです

今回はいちご農園さんのお手伝いと、福祉仮設住宅で足湯と血圧測りを行いました。
いちご農園さんでのお手伝いは40℃以上あるビニルハウスの中での作業ということで、いちご1粒食べるありがたみを実感しました。
やっぱり実際に経験してみないと分からないことだらけなんです。。百聞は一見にしかず。
普段力仕事をされている男性方にはかなわないことも分かりました。。
それでも現場ありきでいたいものです。

2日目は福祉仮設住宅へ。
何人かの方とお話させていただきましたが、一番印象に残った方がおりました。

最初は無口であまり話さない方なのかなと思っていましたが、足湯が終わって一息ついてからもしばらく部屋に戻らないでいました。
声を掛けるとぽつりぽつりと話しだして、次第に表情が出てきて笑顔もみられました。
質問を投げかけると色々と答えてくれて、こちらにも質問を投げかけてきました。
笑顔で話してくれたのがとても印象に残りました。

社協の方の「何をもって復興というのだろう・・・」
この言葉もとても印象に残りました。
先日、たまたまあの津波のシーンを見ることがあったのですが、やっぱりこれを実際に体験した人たちの心
は私の想像を絶するくらいなんだと改めて思ったのです。

目に見えるものの復興だけではなく、目に見えないものへの配慮が一番大切なんですよね。
ボランティアは細く長くしていきたいと改めて思ったボランティア活動でした。

よこやり♪埼玉県越谷市竜巻被害の災害初動ボラ~ありさ~


活動に参加させていただきました絆ジャパンや学生ボランティア、茨城県からのボランティアさんなどなどみなさま、ありがとうございました。

お疲れさまでした。

豪雨警報が出ているみなさん。

竜巻被害のあった栃木県のみなさん。

竜巻警報が出ているみなさん。

大丈夫でしょうか?


埼玉県越谷市竜巻被害の災害初動ボランティアに短い時間でしたが参加してきたT4代表です。


非常に一極集中のような被害でした。

わたしは、被災地を初めて訪れるときは、いつも、テレビで見ていた映像とかは一度全て記憶から抹消してから被災地に入る訓練が出来てしまっているので、映像で見ていたのと、実際入ってみると違う!とかはなかったですし。

でも、さすがに災害初動ボランティアにおいては経験もあるので、ありとあらゆることを想定した準備や装備で向かいました。


わたしがいつも一番大切にしていて、T4でもよくメンバーに言うのは。


その町に入ったら、肌で空気を感じること

五感を研ぎ澄ませて無心になって、空気を感じること


です。

もちろん、今回も同じく。


駅前や街中の大部分は、まるで竜巻などなかったかのような日常。

竜巻が通った限られた狭い部分だけが甚大な被災地という非日常。

前のお宅は何事もないのに、道を挟んだり、隣の隣は壊滅的。

たったひとつの最寄り駅エリアで、温度差がゼロか100かといわんばかりの極端さがあり。

東日本大震災とはまた異なる非日常が存在しています。

ベッドタウン化してしまっている埼玉県の一部に、越谷市も属しています。

懸念していた通り、警戒心やプライバシーが優先してしまい、ボランティアさんに、なかなか心を開けずにいる被災された方もいれば、ボランティアさんが来てくれたことでホッとした様子を見せる方もいます。

あわせて、自分の家などは大丈夫だったけれど、被害が甚大なお宅が目の前や近所にあることで、プレッシャーを感じていらっしゃる空気も充満していました。

こんにちはと挨拶をしても、何も返ってこず、何者?といった空気と悲しい光景にガックリしていて、挨拶をかわすどころではない方々も非常に多く、その点では、2011年5月に初めて訪れた津波被害が甚大だった地区の避難所の大人たちと共通することでした。

これは、自然な反応なので、悪くないと思います。

もし、災害初動ボランティア経験がないけれども、越谷市在住・在勤だから土日にボランティアに行きたいなと考えていらっしゃるみなさまがいたら、これだけは心のど真ん中に据えておいていただきたいのですが。


災害初動ボランティアは、ありがとうとか、こんにちはとかを言われるために行く・するものではない


ということでしょうか。

ショックで現実を受け止めるのに時間がかかっている方々に、こんにちはを返してほしいとか思うなら、災害初動ボランティアには行かないほうがいいのです。


ありのままの被災された方々を受け止める


その覚悟はあるか???


自分にもう一度質問してみてから決めてくださいね。


被害が甚大なお宅やお庭、周辺道路は、災害初動ボランティア未経験者さんが「とにかく何かお役に立ちたい」という気持ちだけで行くには、かなり危険が高いです。

猛暑も追い討ちをかけていますし、それこそ映像からでは伝わらない匂いも強いです。

越谷市在住・在勤者さんで、災害初動ボランティア未経験者さんだけれども、覚悟をもって、災害初動ボランティアに土日などに参加されたい方がいらっしゃいましたら、必要な準備や服装…これが意外性がありながら非常に重要です…をお伝え出来ますので、メッセージやコメントをご遠慮なくくださいね♪


さて。


ここからは、ちょっと専門的な課題の話です。


なぜ、災害ボランティアセンターが、複数存在しているのー!?

公的な災害ボランティアセンターは、越谷市・災害ボランティアセンターでネット検索すると最初にピックアップされるものです。

絆ジャパンさんは、さすが、災害初動ボランティアに経験豊富で、しっかりとされているだけあり、この公的な災害ボランティアセンターさんとの連携で活動でした。

しかしですよ!!!

狭い被害エリアに、複数手作り災害ボランティアセンターさんが存在しています。

わたしみたいに経験豊富になると、公的な災害ボランティアセンターと、私設災害ボランティアセンターさんの見分けもつきますが。

初めて災害初動ボランティアに参加されたい方々には、あれでは、誤解を生んでしまいます。

私設災害ボランティアセンターさんが存在するのも悪くないと思います。

仙台市もそうでしたからね(^-^)

ただ、現状では、災害初動ボランティア未経験者さんには、混乱させてしまうだけであり。。。

やはり、公的な災害ボランティアセンターを運営する社会福祉協議会さんと、私設災害ボランティアセンターさんとが、コミュニケーションをきちんととって、分かりやすいように案内板を出すとかしないといけないんじゃないかな?と思います。

何かあった時の責任の所在が曖昧になってしまい、災害初動ボランティア未経験者さんには、非常に酷な結果になる可能性がゼロではないからです。

公的な災害ボランティアセンターさんにも、活動後、少し日が経って、みなさんのお疲れが出てきてからの、T4足湯ボラをご提案させていただくのに寄らせていただいたのですが。

機材・資材、名札の回収(数量確認)で、せいいっぱいな様子が見受けられました。

リーダーシップをとって、各ボランティア団体さんをまとめるのは、社会福祉協議会さん=公的な災害ボランティアセンターさんの役割だし宿命でもあります。

機材・資材の貸し出しと回収だけではなく、ボランティアさんをまとめていかないと、後手に回って、後々大変。

越谷市社会福祉協議会スタッフさんだけでは疲弊などで人員が不足するのであれば、県内の社会福祉協議会さんや県社協に応援を頼むほうがいいですよね。

トラブルなどなく、ボランティアさんが分かりやすいようにコーディネートしていくことが、大変そう・回り道に見えて、復旧を早めます。

社会福祉協議会さんに、もう少し頑張っていただけたらなと思うのと同時に。

私設災害ボランティアセンターさんの運営をされている方々も、社会福祉協議会さんにコミュニケーションを積極的に働きかけていただき、いろんなボランティアさんが安心して活動出来るようにしていただけたらなと願っています。

自分達は自分達!でボランティアをすることが、復旧を早めるとも限らないし、被災された方々の気持ちにきちんと答えられているとも限りません。

みんなで、横につながって、被災された方々の気持ちにこたえていかないといけないように感じました。


埼玉県のベッドタウンに住む人々は、冷たくて怖い、融通がきかない感じがするかもしれないのですが、決して、そんな人ばかりではないんです。

見知らぬボランティアさんが生まれて初めて来て、どうしていいかわからないだけなんですね。

隣近所の人の名前や顔が一致しない・自治会に入っていないことが圧倒的多数なので。

治安の悪さからの警戒心や、プライバシーを守る生活が今までの日常だったので、真逆なことがあると、それでなくても竜巻被害のショックが個人差はあるものの大なり小なり・形は違えど強いので。

ちょっとしたナチュラルハイになるか、ピリピリしてしまうか、挨拶もする気になれないとかになるのが、人として、ごくごく自然です。

もう少し経って、みなさんのお疲れが出てきてからのT4足湯ボラを、公的な災害ボランティアセンターさんにご提案させていただいた時、最初はすごく拒否感が強かったようですが、しっかり今後を見据えた被災された方々の心労などのお話をさせていただいたら、確かにそれもそうかも…実現になるかどうかは何とも言えないけれどと、被災された方々の気持ちの変化に呼応しないといけないなといった様子も出てきました。

よくコミュニケーションを取っていけば、実現になるかどうかは何とも言えないけれど、目を向けてくださる可能性はあります。

信じつつ、過度な期待もしない。

被災された方々の気持ちに、ただひたすら合わせるために、公的な災害ボランティアセンターさんと話し合うべきことや相談・報告したほうがいいことは、被災された方々のために、コミュニケーションを取っていけたらいいですよね。


最後に。

今日、活動させていただいたお宅の家主さんの最後の挨拶が一番心に残っているので、記したいと思います。

男泣きをされながら。。。


今日は、みなさん、本当にありがとう。

ボランティアさんなんて来てくれるわけないじゃないか!と思っていたのに、まさか、こんなに来てくれるなんて………

ひとりで、この家屋や庭の片付けをするんだと思っていたから呆然としていた。

ひとりで…だったら、どうなっていたことか…

わたしは、59年間、ボランティアなんて一切してこなかった…

みなさんは、若いうちにボランティアが出来るのだから、幸せだよ!

怪我だけはしないでほしい、みなさんが怪我をしたり、体調を崩したりしたら………

(わたし…辛いですよね?)

そう、辛いんです。。。

本当にありがとう。

みなさん、来てくれて、こんなにはかどって、ありがとう!

わたしも、これからがんばります!
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