GW活動報告ーえーちゃんー

昨年に引き続き、今年もGWの活動に参加しました。

今回はしげさん、なおさんと3人でハイエースに相乗りで現地へ向かい、仙台駅で他のメンバーと合流するという日程でした。メンバーの入れ替わり等もあり、ありささん以外は初めて顔を合わせる人ばかりというメンバー構成でした。

一日目は昨年も訪問した宮城県南部の仮設住宅での足湯、二日目はT4Uをはじめ、ボランティアが初めて入るという離島での足湯でした。

さて、初めての執筆なので、過去の活動のことにもちょっとだけ触れておきたいと思います。僕が初めて本格的な災害ボランティアに活動をしたのは2011年4月の南三陸町でした。

南三陸町は見渡す限り瓦礫の、「灰色の景色」でした。被害地区の瓦礫撤去などはまだ自衛隊や重機を扱える専門業者にしか行わせてなく、ボランティアがやれることは非常に限られていました。

このとき僕に割り振られた仕事は支援物資の仕分けと写真の洗浄でした。一般ボランティアだったので臨床心理士の資格を活かせることは最初から期待していなかったのですが、なまじ同じチームの他のメンバーが避難者の話を聴く活動も行っていただけに、自分もそっちへ行った方がはるかに役に立ったはずなのに。という思いがずっとありました。

ただこの当時は「社会性」が足りなかったのです。普通の町中で誰とでもすぐ話せるような資質を持ち合わせていないのに、いきなり見ず知らずの被災地へ行ってそれができるはずがないのです。
このことは自覚していましたが、その仕事を割り振ったのはたかだか一週間前に活動に入った連中だったのです。連中とはたかだか一時間会食をしただけの関係でした。その連中が我々の「人事権」を握っていて、回されたのは物資の仕分けでした。自分が臨床心理士だということを打ち明けていただけに、その人事には不満がありました。

それからというもの、被災地で臨床心理士はいかに振舞うべきか、ということが自分の中の課題になりました。

実は臨床心理士は阪神淡路大震災の避難所で大きな失敗を犯しています。避難所にカウンセラーのブースを設けて避難者が相談に来るように待機していても、誰も相談に来なかったというのです。それで保健師の方が何人か見つくろって連れてきてもらい、その人たちに「怖かったやろ?」なんて声をかけたそうです。

こんなアプローチが適切でないということは、実際の避難所を観てみれば分かります。現地はむしろ「みんなで頑張って目の前の危機を乗り切ろう」という、高揚した空気が優位なのです。そこでは「心の傷」を表に出すということはむしろはばかられるのです。

治療が必要な「心の傷」はあってもこんな風に「無理やりほじくり返す」アプローチはむしろするべきでないと思います。実際、このときの臨床心理士の振る舞いは後々非難されました。

南三陸町のときもそれを勉強して知っていたので、現地ではむしろ黙々と物資の仕分けをしたり、思い出の写真を洗浄する姿を見せることの方が、よっぽどマシなような気がしました。それでも、臨床心理士の資格を活かせなかったという不満足は残りました。

そしてT4Uに来たのはそれから1年後の2012年5月のことでした。この頃はほとんどの避難者が仮設住宅に入居し、ライフラインも一通り復旧してきていました。この頃になるとそれまで気を張って自分を保ってきた人ほど落ち着いてきてから気持ちに穴が開いたような状態になり、PTSDやうつなどが出やすくなります。「精神面のケア」が重要になってくるのは、むしろこれ以降なのです。

それで今度こそ資格を活かした活動ができる気がしましたが、やっぱり消化不良気味でした。マッサージ師の資格を持つ夢さんがすっかり人気者になっているときに、自分はこれといった援助技術があるわけでもなく、かと言って無理やり心の傷をほじくるような愚を犯すわけにもいかず、身動きが取れなくなりました。やれることと言ったら雑用と現地の方々との世間話と、あとは子供と遊ぶことくらいでした。それはそれで楽しくやれたけれども、やっぱり資格を活かすって難しいという課題が残りました。

ただそれはそれで良いと思うのです。「ケア」とは「結果的になるもの」であって、最初からケアを目的にしてもうまくいかない。ケアは相手との関係性を利用してしか出来得ないものなので、バカ話しかしない関係性なら、そのままバカ話をすることが、キャッチボールがしたくなる関係性なら、キャッチボールをすることが、一番良い「ケア」なのです。そうして楽しい体験や安心する体験が増えてゆくことで、過去の「心の傷」はだんだん直視できるものになってゆきます。

そして去年の活動の後、チーム内では「結果とゴールが見えない支援」に対してモチベーションが保てないという人も出てきました。瓦礫の清掃のように「綺麗になった」という結果が目に見えて分かるものには達成感がありますが、精神面のケアは必ずしもそういう目に見えて分かる結果というのが見えないからです。また、精神面のケアには「終結」と呼べるものがありません。そうすると援助者の方が精神的にまいってしまうということが往々にしてあるのです。

そこで臨床心理士としての資格を活かせるのはむしろそこだと思いました。そういう援助者側の心理というものを、常に実体験しているからです。現地で出会う人とは世間話だけでも遊ぶだけでも、それが一番良いケアだと思えればそれで良い。むしろチームのモチベーションを下げることなくうまく回すということに専門性を発揮するべきではないかと思ったのです。

そのように方針を固めて挑んだ今回の活動は、自分の中では充実していました。社会性の面もそういう信念を持って臨むと不思議とついてくるもののようで、初対面のメンバーとも打ち解けられたし、現地でも緊張することなく活動できました。

それとT4Uでは二度目の活動なので、こういうパターンはそうなってこうなって…というのがだいたい見えていたというのも、今回うまくやれた要因ですな。

なんか活動報告になってないような気が。。


拡散思考の人間なので書き始めるとどんどん話が広がって「まとめる」ことが苦手です。細かい感想は思い出し次第追加します。
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活動報告その1~なお~

T4代表ありさの相方なおです!

と、言いたいところですが。

なお父が、震災支援ボランティア2013GW活動直後に脳梗塞で倒れ入院治療中なので。

なおが話していた一部を、ありさが代筆してみますね♪


まず!

震災支援ボランティアに行って、とにかく良かった!!!

母や姉、職場のみんなにも語ってしまいました(^_^;)

TEAM 4 U は、本当に志が高く、個性あふれるメンバーたちが集まっていて、みんな、個性尊重!

おかげで、俺のオヤジギャグやメンズトークも、みんな、適当に?楽しんでくれました!

若いゆーこちゃんが、俺のオヤジギャグとかで大爆笑してくれてホッとしました!

しげには活動前に会ったことがあったので、往路のあいのりも安心出来ました。

えーちゃんには初めて会ったけど、自分が今までに会ったことがないようなキャラで、普通に生きていたらえーちゃんみたいなタイプの人と出会わなかったかもしれないと思うと、すごく刺激になったし、えーちゃん語りモノマネも楽しんじゃいました(笑)。

かずさんは、頭が良くて真面目でボランティアには熱いけど、ハイエースあいのり組に興味を持っていたから、きっとまだ猫の皮をかぶっているんだと思う(笑)。

ちえちゃんは大人しい感じだけど芯がしっかりしている感じで、かずみちゃんは明るくほんわかしていながらしっかり者さんで潤滑油みたい!

T4って、すごいなーと思いました。


でも実は、本当に不安だったし緊張もしていました。

震災後、職場の宮城県出身の方から話を聞くことはあっても、映像でしか見ることがなかったので、いまひとつ、自分自身の問題・日本のみんなで考えていかなくてはいけない問題だと思えなかった。

福祉系の資格も持っていないし、仕事は鉄道の保守だし、ボランティアなんてやったこともなく。

口下手だし、俺なんかが行っていいのかな?迷惑や邪魔にならないのかな?と思っていました。


ありさの相方になる前から、ありさから震災支援ボランティアの話は聞いていました。

被災地のみなさんが、いろんな苦難を乗り越えて歩んでいることも聞いていました。

活動の前になると、ありさは、相方のオレそっちのけでネットやメールをしたり、メンバーと電話をしたり、準備をしたりしていて大変なのかな?と思いつつも、なんかよくわからなかった。


今回、初めて震災支援ボランティアに行くことになり、もちろん、鉄道保守の仕事をしている自分は、津波被害に遭ってしまった鉄道はどうなっているのかを目で見てちゃんと感じてみたかったのもあるし、少しでも何か役に立てればという強い想いもあったけど。

やっぱり、動機としては、ありさの相方だからというのもあったと思います。

動機としては非常に不純だし、参加するまで、この動機の不純さに葛藤することもなかったです。

参加してみて、動機が不純だった・・・と、ありさに言ってみたら。


動機とか、きっかけなんて、わたしは、別に気にしたこともないし、気にする必要もないと思ってる。

そんなことより、わたしが興味があることは、参加してみて、メンバーがどう変わったのかだ。


そう言っていました。


少し、肩の荷が降りたような気がしました。


活動初日は、「とにかくお湯を作ることが第一!」とありさから発令されていたので、まずは、経験者のしげや、えーちゃんのやり方を見ながら、足湯やお茶出しのためのお湯づくり・管理をしていました。

女の子たちは、受付やお茶出し、いちご出し、足湯前の簡単な血圧チェックなんかをメインにやっていたのですが、予想以上にたくさんの方々が集会所に来てくれて、みなさんの待ち時間も長くなっていきました。

ここの仮設住宅のみなさんは、ボランティアとの交流が上手とありさから聞いていたし、しげやえーちゃん、女の子たち、かずさんがみなさんとお話をされていたりするのを見ていたら、なんか楽しそうで、自分も足湯をやったり、いちごを出したりしながらみなさんとお話をしたくなったので、お湯の管理が回るようになってからは、しげやえーちゃんに教わりながらやってみました。

みなさん、本当に暖かい方々ばかりで、会話も自然と弾んで、本当に楽しかったです!


ありさは、少し離れたスペースで、マンツーマンでお話をされていることもありました。

地区のことを知り尽くしているだけあって、〇〇病院に通ってるの?とかから始まったら、みなさんの信頼度がアップしたみたいで、マンツーマンでお話される方の中には、特に、ありさがお話してと頼んだりしていないのに、辛いことや苦しいことをポツリポツリと自分から話して泣いていました。

それを見て、ありさって、なんか、すごいなー、俺には真似できない・越えられないことってあるんだなーって思ったし、尊敬もしました。

それをありさに言ったら。


T4なら、誰だって、そうなれるようになるよ、自分次第でね♪


と言われました。


俺もそうなれる時が来るのかなー。


午後になると、小学校5年生の男の子が遊びに来ました。

女の子メンバーの背中に乗ったり叩いたりしながらいろんなことを話していました。

好きな授業が「体育・算数」だったし、バスケや野球が好きだと言っていたので、俺もやんちゃだったし、バスケや野球もやっていたから、自分と似ているなって思って遊んでみることにしました。

この地区の子どもたちの一部は、心に大きな傷を抱えていて荒れているケースもあるから、あまりに荒れていたら、ありさが言葉掛けするし、臨床心理士のえーちゃんに任せると言っていました。

前回、完全アウェーになってしまったと聞いていたし、俺はありさとタメで、男の子にとっては、お父さんとか学校の先生世代なのかな?と思ったので、大人げなく(笑)「あんまりムチャしたら怒るからな♪」と最初にオトコ同士の言葉をかわして、あとは本気で(笑)全力で遊びました!

部屋の中で、お姉さんたちがいる安心感の中で遊び続けていたいようだったが、やっぱり、小学校5年生ともなると部屋の中で外遊びのようなことをするのはムリがあるので、外で思いきり遊びました。

年には勝てねー!と思ったけれど、すごく楽しかったし、最後は、ベターっと抱き着いて離れなかったりしたので、少しでも良い時間になっていればいいなと感じた。


いちご狩りは、俺ら男性陣とありさは、活動終了後に行かせていただいたのだが。

どのいちごが甘くて美味しいのかわからない!!!

でも、ありさたちに聞くのは嫌だなって意地をはって、自分で挑戦してみました!

この日は、かなりお客様が来たようで、どうしたら甘いいちごをゲット出来るのか本当にわからなかったのですが、自分なりにすごく楽しめました。

練乳も買わせてもらって、いろんな楽しみ方が出来ました!

30分・1500円で食べ放題だったのですが、あっという間でもあり、眠くなるほどお腹いっぱいになれました!


翌日は、津波被害が大きかった地区の離島に行きました。

朝早くに拠点の仙台を出発して、地区の仮設商店街さんいくつかに顔出ししました。

お花屋さんでは、女の子たちが、「島に何もないって聞いているから、お花でも持っていこうよ!」と、お花選びを楽しんでいました。

仮設商店街って初めて足を運びました。

ニュースで見たことはあったけど、自分が映像の中に入るのと、映像で見ているのとでは全然違うなーって思いました。

商店街のお父さんたちが、こいのぼりをあげようとがんばっていました。

立派なこいのぼりで思わず見とれてしまった。

商店街の会長さんに挨拶もしてみると、お店にいた商店街のみなさんが外に出てきて、こうした小さいことかもしれないけれども交流が大切なのかなと感じました。

カフェでは、これから行く離島出身の男性がいて、震災前の、この離島ならではの祭りとかが収録されているDVDを女の子たちに見せてくれていました。

俺は、ありさと一緒に、カフェのアイドル・2歳の「あさひちゃん」とお姉ちゃんと時間を過ごしました。

あさひちゃんとは、震災後すぐに生まれてからの付き合いだそうで、あさひちゃんが5ヶ月の頃には、ありさの腕の中で「眠いーーー!」と泣きつつスヤスヤ眠ったり、去年はつたい歩きとモップをしていたんだそうです。

2歳になったあさひちゃんは、コーラをもらって、ぷはーっ♪ってやっていました(笑)。

プランターの中から丸い石を探り出して「どうぞ♪」をしたり。

地区は津波で大きく被害に遭い、遺構として残す建物とかは横に倒れているし、街並みはまだまだ戻っていないけれど、狭い仮設商店街の中を駆け回ったりしてノビノビ遊んでいました。

中学生になったお姉ちゃんは、かふぇの奥さんであるお母さんがヘアカラーをしないと反抗期なのか、おしゃれが気になる年頃になってきたのか、ぶつぶつ言っていたけれど、ありさとかが、ガールズトークをしたりしていて、おじさんの俺じゃ、話がしづらいよなーと感じることもありました。

この地区は、なんだか、本当に自由な空気でいっぱいで、すごく気に入りました!


今回行く離島にボランティアが入ることは、船の欠航が多くてT4が初めてとなったと聞いていました。

3日前に、他のボランティアさんも合流すると話が出たのですが、港に集合してみたら、聞いてなかった他のボランティア団体さんが多数でいました。

どうなるんだろうと不安になりました。

ちょうど、3日のあいのり移動時のGW&事故渋滞の疲れがドッと出ていて疲れがひどくなったので、船では酔わないように寝ました。

船から荷下ろしをして、山の地形である島の頂上にあるコミュニティスペースに荷物を運びながら歩きます。

幸い、重さのある荷物は、島の方が軽トラで運んでくださったので助かりましたが。

どうにも疲れがピークで、女の子たちが「景色が綺麗!!!」とかニコニコしているのに、俺はコミュニティスペースに到着するまで必死だった。

到着してみると、前日の地区の集会所とは環境が全く違って、給湯もなく、ガスコンロもなく、電源を取るにも苦労した。

もちろん、鍋もやかんもない。

一休みしたかったが、「わたしは鬼だよ♪」と言っていたとおり、ありさはどんどん指示をだして準備を進めていく。

鍋は島の方からお借りして、ペットボトルでいただいていた水の物資を使って、カセットコンロと電気ポット1つでお湯を作って。

前日はやらなかった入浴剤を使って温泉風にする。

前日、予想よりたくさんの方々が来てくれたのでタオルが不足していたが、タオル物資もいただいていたので難を逃れた。

いちごもペットボトルの水で洗って出し、お茶もペットボトルの水を沸かして作る。

全国からのおやつや、仮設商店街で買ったお花も並び、前日より工程が増えた。

ヘトヘトになって、お昼を食べてから外で一服していると、脳こうそくで麻痺を後遺症として持っているお父さんが出てきた。

お母さんと話をしてみたら、俺が15年間住んでいた県出身だったり、お子さんやお孫さんが埼玉県に住んでいることもあって話が弾みました。

お父さんの登り坂歩行介助は、思っていたより大変でした!

ありさがコツを教えてくれたのですが、一歩ずつ時間がかかるし、介助側は足腰に来ますね。

それでも、お父さんは、動く手でOKをしてくれたり、足湯を楽しんでくれたりして本当に良かったです!

お母さんは「たまのリラックスだから、今日だけはお父さんと別行動するの♪」と言ったりしていて足湯も楽しんでくれました!

お母さんから「連絡先を交換しよう♪」と言ってもらえて、本当に嬉しかったです!

自分の父さんが倒れてしまったから手紙を書いたり出来ていないけれど、落ち着いたら手紙を書いたりしたいです。

また、会いに行きたいし。


島唄や島の踊りも披露していただけて、本当に楽しかったです!


反省点は。


震災支援ボランティアを甘く考えていたこと。

ありさから「GW渋滞とかキツイし、それが後々になって響くから、運転交代の時はちゃんと寝て、体力配分をするように」と言われていたけど、不安や緊張感があって、往路の移動中は寝ることが出来なかった。

車の中は楽しく♪に集中しすぎたこともあるし、運転だけではなく活動もすると、こんなに疲労がたまるんだなと感じた。

もっと、準備とか緩く出来ないのか?ってありさに聞いてみたら。


最高の準備なくして、本番で良い結果が出るわけがない

それでなくても、当日になって変わることとかたくさんあるのに、準備を緩くしたら、主役である被災されたみなさんが落ち着く空間にも出来ないし、みなさんが遠慮がちになるだけでしょ?

そんなボランティアは、どこの誰でも出来る

T4は、震災支援ボランティア日本代表だから、そこは譲れない


と一蹴されてしまった。

本番よりも準備に力を入れる・・・自分も、鉄道保守の仕事をしているから、それと同じだなと思うと、自分の至らなさが情けなく思えた。


じゃあ、活動中、もう少し早く出発して、ゆったりできる時間を作らない?と持ちかけてみると。


T4代表の活動中の平均睡眠時間は3時間だけど、もっと早く起きるしかない?

ま、震災当初は、平均睡眠時間2時間で運転も活動も何日も続けてたんだから、やろうと思えば出来る

でも、今は、活動後すぐに仕事が待っているからね

みんなの「もう少し早く出発」を、そう簡単に実現できることだと思ったら、そうでもない


って。

全国のボランティアのみなさんからお預かりしている物資の検品や、どこに何を持っていくことがふさわしいのかとか考えながら仕訳をして、メンバーみんなの体調も気に掛ける。

ミーティングでみんなと共有するべきことを考える。

メンバーみんなのコミュニケーションがうまくいっているか様子をみる。

数日前・突発的にリクエストされることに応えるために、どうしたらいいかを考える・即実行する。

チームの経費が予算通りに動いているか、最低限のチェックをする。

天気などを考える。

どの道を通って、どこで休憩をとって、万が一渋滞したらどうしてこうしてと考える。


俺は、前乗りの日から、すぐにホテルでお風呂に入らせてもらったし、すぐに寝かせてもらってしまったけど、ありさは、その時間に、無数のことをやっていたんですよね。

休憩したかったろうし、早く寝たかったろうけど、その時間を削ってでも黙々とやってたんです。

知らなかったし、それらがどれだけ重要・大切なことかも認識が甘かったから、ついつい軽はずみに考えてしまって。


ありさがいてくれるから何とかなるだろう・何とかしてくれるだろう


ぶっちゃけ、そう思っていました。

ありさから事前に来ていた荷物やタイムスケジュールとかを始めとするメールやメンバー専用掲示板連絡事項は、仕事で疲れていると読まなかったり読んでも頭に入らなかったり。

今回の活動中、経費が消えた!?事件が起きたけど、どうしてこんなことになったのか推し量ることが出来なくて責めてしまったり。


わたしは神様じゃないから、全員のリクエストには答えられないし、ミスもする


なんで、そんなキツイこと言うのかな?って思いました。

で、今度は、ありさがそんなに疲れている理由はなんだろうって心配になったし、どうしたらいいかわからなくなった。

そうしたら、ありさに言われたんです。


あのね、今回はほとんどお留守番組だけど、長年のメンバーたちは、仕事の合間を見たりしてメールや掲示板を全部読み直してから活動に入ってくれるの

そうすると、活動中に、メールしたことや掲示板に書いたことを、わたしが繰り返すパワーや時間が減るんだよね

わたしを助けたいと思うなら、まずは、そこから始めてくれる?

最高の準備なくして本番で良い結果なんて出ない

じゃぁ、何を改善したらいいか?って、まずは、すっごく地道だけど、基本・基礎なんじゃないの?

基本や基礎なくして応用なんて出来ないし、代表を助けることなんて出来ない

やっぱり、長年の経験者がわたしだけじゃ限界って結果なのかもしれない

だったら、長年の経験者たちに8月の活動とかで1日でもいいから帰ってきてもらう


俺、すっげーショックでした。

立ち直れないって思いました。

初めて参加して、長年の経験者メンバーさんたちのことを言われたら。。。

だから、それは言ってほしくなかったって、正直に、ありさに言ったんです。

そうしたら。


悔しいなら、自分自身と闘うしかないんじゃない?

ここで「もういいや!」と切れて辞めてしまうのか

「少しでも先輩たちに追いつけるようにやってみよう!」と奮起するのか

そーゆーのって、ホント、自分自身と闘うか闘わないか・選ぶのはあなた次第です♪なんだよね

会いたい人たちがいる・帰りたい場所がある

だったら、こんなところで心折れてる場合じゃないような気がするよ

震災支援ボランティアって甘くない

本当に簡単そうで、楽しいことばかりに見えて、実は全然簡単じゃないし、楽しいことばかりなんかじゃない

だって「震災」は楽しいことでもないし、簡単に乗り越えられるものでもないから

うちらT4なんて、壁の人でいいんだよ

被災された方々が主役で「良かった」と思ってくれることが一番大切

そのために、何をするのか・したいのか

自分自身と闘う・基本や基礎、準備から大切にすることから始めたら、長年の先輩たちなんてすぐに追い越して、自分色の活動をT4の中で楽しめると思うよ


俺の相方の時のありさと、T4代表の時のありさと、本当に全然違うことがよぉくわかったし。

このまま悔しいまんまじゃ終われない。

震災支援日本代表T4としてもっともっと良いチームになれるように、T4の一員としても人としても成長するために、俺は、基本や基礎、準備からやり直してみようと思います。

メールや掲示板の連絡事項は、本当に多いけれど、だからこそ、被災されたみなさんを主役に出来るって思い直して、父さんのことや仕事で疲れている時は、少しおろそかになったとしても、活動前には絶対にちゃんと復習して臨みたい。

体力配分も、タイムスケジュールとかをちゃんと把握してればやれたことかもしれないから、次回は、緩急つけて。


代表ありさがいるから何とかなる・何とかしてくれるだろう


から、少しでも卒業して、次回参加する時は、また新しく出会うメンバーみんなと楽しむときは楽しむ!で、本気で活動したいなと思っています!!!

T4のみなさんも、被災されたみなさんも、これからもよろしくお願いします!


いやぁ、牛タン食べ比べ☆も本当に楽しかったーーー!!!

関東の焼肉屋さんの牛タン、食べられなくなるよ!!!

2013年GW活動のお礼

今回も、全国のボランティアSoul熱いみなさまや、遠くからいつもわたしたちT4を応援していただいているみなさまのおかげをもちまして、無事に活動出来、メンバーそれぞれのお家に帰宅することが出来ました!

2011年GWは震災直後で、東日本大震災被災県のみなさんはGWどころではありませんでした。

あの年は、被災県ではなくても、日本のみんな、やっぱりどこかショックが大きかったり、何か少しでもお役に立てないか?といった気持ちで、何万人もの全国のみなさまがボランティアで被災県にお手伝いに行かれましたよね!

2012年GW、被災県のみなさんは、やっと仮設住宅や、みなし仮設住宅の生活に慣れてきたものの、震災から1年、新しい生活や仕事に慣れることや、「周りみんなが同じなんだから不安や不満、悲しい、辛いなんて、自分だけ言うわけにはいかない」と頑張って走り続けてきたことで、お疲れ気味ながらも、GWと言われても旅行に行くパワーもお金もないし…といった方々もいらっしゃいました。

2013年GW、各地区のみなさん、そろそろ、ご親戚のお宅に遊びに行ったり(あるいはご親戚が遊びに来たり)、小旅行に行かれたり出来ているといいなぁ…と思っていました。

各地区のみなさんが、予想以上にたくさん、足湯やいちごや素敵おやつを楽しむお茶っこ会に来てくださいました。

T4としては、少しでも多くのみなさんに、ほっこりや、リラックスをといつも願っていて、嬉しい出逢いがたくさんとなりましたが、一方で、震災から3年経っても、まだまだ旅行とかは難しい方々も多いという意味だなと感じ、切なくもなりました。

まだまだ震災は終わっていないと感じさせられたことを、少し書いてみますね。


ある地区の80代のお母さん

すごく明るくいらしたのですが、足湯をする前の簡単な血圧チェックの時に、マンツーマンでお話をしていたら。

震災から1年・2年は、すごく気が張っていたのか、頑張ろう!せっかく助かった命だから明るく生きよう!って決めて、本当にそうしたの。

でも、震災前まで一緒に同じ地区で暮らしていた息子夫婦と孫たちが、電車の復旧が遅れて、都市部への通勤・通学が出来なくなったから都市部に引っ越してしまってね。

息子も孫たちも、本当に良くしてくれるから、会えないわけじゃないんだけど、会った後に仮設住宅の部屋で独りぼっちになると、淋しさに耐えられなくなってきちゃって。

震災から3年を迎えた後頃から、こんな風になっちゃったのよ。

わたし、おかしいのかしら?

毎晩、夜になると、意識してないのに津波のことを思い出したり、あの日のことがふと頭をよぎったりして、涙が止まらなくなるの。

でも、そんな風になったなんて、同じように苦労している地区の人達や友達に言うわけにはいかないし、良くしてくれる息子夫婦や孫たちには心配をかけるだけだから絶対に言えないっちゃ?

こうなる前までは、集会所でのいろんなイベントが楽しくて毎回来ていたんだけど、最近、そうすることが疲れてしまって、なんとなく足が離れてしまってね。

でも、今日は、震災すぐからずっとこの地区にボランティアに来てくれているみんなだって言うし、いちごもあるって言うし、膝と腰の痛みも強いから集会所に来てみたっちゃ。

本当に辛くて辛くて…。

来てみて良かった…。


と、泣かれ始めました。

血圧を測るのは、足湯で体調を崩さないかどうかの簡易的なことですが。

でも、ただすっと血圧を測って通りすぎるのではなく、被災されたみなさんが何か心に抱え込んでいることをぽつりぽつりと話せるきっかけになればいいなとか、明るく楽しく笑い会えるきっかけになればいいなという想いをこめてやっています。

本当に小さなことなんですけど。

T4が継続的な県外ボランティアであることの意義と、足湯のリラックス効果を、わたしたち一同、改めて痛感させられたのでした。


全国のボランティアSoul熱いみなさまから託していただいた物資などが、どんな風に届いたのか、一部ですが、写真でご報告です!

多忙で、あまり写真を撮る時間がなかったので、自分も協力したのに写真に入っていない(>_<)他ございましたら、本当に申し訳ありません。

離島では、ガスコンロがやはりなかったので、カセットコンロやガスボンベを持っていってはいましたが、ガスボンベを送ってくださった方がいらしてくれたからこそ、「小さな温泉が来た~!」と、離島のみなさん、喜んでくださいました!

この離島には、わたしたちT4が日本全国で初めて入らせていただいたボランティアでした…柔整師さんたちが入ろうとした日は船が欠航になってしまったそうなんです。

離島のみなさん、小さな温泉、全国の素敵おやつお茶っこ会、宮城県のいちごを楽しむ会、他ボランティアさんたちとの島歌&演歌会で明るい笑顔になってくれました。

3年間もお待たせしてしまって申し訳ないとお伝えしたら、関東からは渋滞が大変だろうから、島に来るまで何年か時間がかかったべ(笑)?と優しいユーモアで受け止めてくださいました(ノ_・,)

それぞれの詳しいことは、また追ってブログにアップしていきますね!

メンバーたちからも、いろんな報告があると思います☆

まずは、急ぎ、みなさんへ感謝のお礼を。

本当にありがとうございました!

これからもT4の活動は続いていくので、今後とも、細く長く、どうぞよろしくお願いいたします!


追記

活動参加組のメンバーみんな、本当に勇気と真心をもって、戸惑ったり不安があったり緊張したりしながらも、真っ直ぐに被災されたみなさんのために精一杯を尽くしてくれたことを、代表として誇りに想い、高く称賛したいと思います。

本当にみんな、よくやってくれました。

特に、離島にボランティアさんが行くのが初めて=震災支援ボランティア日本代表というプレッシャーも強かったと思います。

T4代表ありさは、褒めないことで有名です。

もっともっと良いチームになれる・みんなそれぞれの延びしろがあるからこそ、厳しいのでも有名です。

震災支援ボランティア日本代表として、譲れないものがたくさんあるんですね、チームキャプテンとしては。

今回も、ありさからガッツリ叱られてしまったメンバーもいたとか!?!?!?

それでも、最後までついてきてくれて、被災されたみなさんのためを真っ直ぐに・第一に想い活動してくれたみんなは、正真正銘、震災支援ボランティア日本代表メンバーです。

みんな、大・大・大合格!!!

ま、現状に満足はしませんが♪

お留守番組のメンバーたちも、急なトラブルのあれ(^_^;)とか助けてくれて、本当にありがとう!

みんな個性も仕事も住んでいる場所もバラバラだけど、こういった時にブレないみんながいてくれてこそのT4です。

メンバーみんなに、感謝を示して締め括らせてください。




大きなお水は、足湯に使わせていただき、残り一箱は集会所に寄贈しました。

↓は、集会所にいらしてくださったみなさまに、お土産プレゼントにしました!









GW活動前日

GWですね!
TEAM4Uは3日から宮城県へ入り、ボランティアをしてきます!


改めてTEAM4Uメンバーも増え、ボランティアの募集も締め切りました!

活動中にブログを更新できることは難しいですが、活動後には一人一人、活動報告を書く予定なので良かったら目を通してください(^◇^;)

現状やそれぞれの感想をそれぞれの視点から書くと思います!


活動中のメンバーのご健闘を祈り、今回のブログは閉めさせていただきます!

メンバーへ!
無理せず、是非、楽しんで来てくださいね(^_^)牛タンうまいから!!笑


TEAM4U副代表・平山佳翔
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