こんにちは。しげです。
簡単ではありますが2月に行ったボランティアの報告をさせていただきます。

今回は仮設住宅での足湯の活動をしました。
前回の活動でありささんから足湯ボランティアの意義を聞きました。
震災からまもなく2年経つ今。精神的なケアのボランティアの必要性を聞きました。
がれき処理などの力仕事の支援が必要だと勝手に思っていた自分の考えが改めさせられました。

足湯をしながら
震災当時のことを話始めるおばあちゃん。
昔の武勇伝を語りだすおじいちゃん。

ありささんから
「近所の人には近すぎて話できないけれども県外ボランティアにしか話できないこともある」
と聞いていたので話を聞いてうなずくことしかできないかもしれないけど少しでも安らぎの時間になってくれたらなと思ってやりました。

そのなかで今回一番考えさせられたのは仮設にいる子どもたちでした。
乱暴な言葉使いをする子ども。
武器をもって攻撃をする子ども。
集会所にあった写真の顔が削らていたり飾ってある手紙に「ばかやろう」と落書きがしてあったりする状態。

だいぶ気持ちが荒れているなと感じました。
小学校で教員をしている自分。
担任している子どもだったら叱ってもその後フォローする時間がある。
しかしこの短時間のボランティアでそこまで関係作りをする自信がなく,ただ叱って終わりになってしまうと思い,子どもたちとの関わりを避けてしまいました。

自分にできることはあったのじゃないか。

と活動が終わってから思ったのですがボランティアとしてどう関わっていけばいいのかというのは難しい問題だなと感じています。
親や友達など身近な人が亡くなっている。
被災した時の体験。
仮設での生活。
自由に遊べないもどかしさ。
被災地の子どもたちはたくさんのことを抱えていると思います。
被災地の子どもたちの精神的なケアを進めていかなくてはいけないなと感じました。


仮設での活動が終わってから3月30日に子どもや保護者たちと行くいちご狩りツアーの打ち合わせを半澤いちご農園さんとしました。

保護者の方の熱いご協力があって総勢48名で行ってきます。
その時の様子も後程アップできればと思います。











スポンサーサイト

2013年GW・ボランティアさん&物資募集

2月活動報告を通して、報道されない「被災地の今&現実」をお伝えしているところではありますが。

震災から2年目節目である本日、哀悼やお見舞いの気持ちを込めて、タイトル通り、オフィシャルで公募を開始いたします。

2013年度も、T4の活動年間計画はギッシリ。

T4の「県外ボランティアだからこその役割」「継続ボランティアだからこそ」「定期的ボランティアだからこそ」を生かしていきます。


FROM 2011 3.11 TO 2013 3.11~T4と被災地の歩み~


「震災から1年あるいは2年も経ち、ボランティアセンターがクローズした現状もあるので、実はこれに困ったり悩んだりしているから、ボランティアに来てほしいとは非常に発信しづらいし、どうやってボランティアさんを集めたらいいのかもわからない。

信頼できるボランティアさん以外は入ってきていただいてもトラブルなどにつながってしまうので困るし。

よくわからない取材が来てしまうのも困る。

信頼できる窓口がないから、T4さんに全国で気持ちを持って下さる方々の窓口をお任せしてもいいですか?」



「被災地はまだまだなんだけれども、関東以南では報道もされなくなり(2年目の節目で関連報道は増えてきましたが、それが必ずしも、地場の方々が本当に伝えたいこととは異なっている。たとえば、タレントさんが被災地を訪問してくださって「嬉しい!」といった光景は、確かに嬉しいことではあるけれども、だからと言って大丈夫なわけでもなく、被災地の過酷な現実を伝えきれてはいない)。

日本のみんなが勘違いしてしまったりすることが怖い。

だからと言って、被災した側から、本当は全然違う一面もあるんだよ!と発信するのは、気が引けてしまって、友達関係も壊してしまいそうな怖さもあって、出来ない。

T4さんは、被災地で何年も継続ボランティアをしているし、それでも県外の方で立場的にクッションになれるはずなので、T4さんにお願いしてもいいですか?」


といった、地場のみなさんからの「本音」に寄り添っていけるよう、地道にコツコツと信頼関係を築いていくことに努め。


困った時はお互い様・自分がされたら嫌なことはしない


活動を細く長く続けていきます。


最大限ギリギリいっぱいまで書いていはいますが、オフィシャルでは書けないこと・書かないことが山のように存在していることも事実です。

それらは、T4メンバー専用掲示板や、Facebook他の「友達限定公開」で、ヒソヒソとお伝えしています。

活動にご参加いただけるみなさま、物資ボランティアにご協力いただけますみなさま、今後とも末永く細く長くよろしくお願いいたします。


今回、公募させていただくのは、下記の通りになります。


<公募の背景>

「震災が起きた時、自分は大きな市の大きな病院に通院していた。

町に帰ることも出来なくなったが、きっと、自分の家は大丈夫だろうと思っていたし、すぐに帰れると思っていたから、我慢しようと思った。

この大きな病院での食事は。

6枚切りの食パン1枚を、6等分して、1切れずつ、みんなで分け合って食べたのだが、1日1回。

1日位で帰れると思っていたが、そうではない様子だとわかり(当時は電気も止まっていたので、被災県のみなさまは、テレビで情報を得ることも出来なかったのです)、段々、1日1回、1切れの食パンも食べられなくなるのではないかと不安が大きくなった。

やっと自衛隊さんが来てくれて、もう少し食べる物が増えて(といっても、1日3食、素敵なご飯が食べられたわけではありません)、もうそろそろ帰れるかな、家でお風呂に入りたいと希望を持ったが、全然で。

ようやく、自衛隊さんがお風呂を作ってくれた時には、ものすごいたくさんの人が殺到した。

順番を待って入ってみると、お湯が垢だらけで、吐き気がするほど汚かった。

でも、みんな3週間お風呂に入っていないのだから、当たり前だよね。

どうしようかと悩んだが、どうしても、何とかして体を洗いたかったし、お風呂を求めていたから、垢を一生懸命除けて・・・それでも垢を完全に除けることは出来なくて汚かったけれど、覚悟を決めて、お湯をすくって、体を温めてみた。

あの時の気持ちよさは、一生忘れないね~~~。

もう開き直って、頭も体も洗って、湯船にもつかったよ!

今思えば、綺麗にしているんだか、垢で汚しているんだかわからないけどさ、とにかく気持ちよかったんだよ!」


そんな地場の方が教えてくださったことや、わたしたちが震災2週間後から継続して見たり聞いたりしてきた沢山のことも全てあわせて考えてみました。

関東以南の日本人は、温泉やスーパー銭湯を楽しんだり、自宅のお風呂では狭いユニットバスだとしても、とりあえず、リラックスの一時だし、衛生上の問題はないじゃないですか(あったとしても責任者がいるわけで)。

だからこその、電気復旧後の「フットバス」の「足湯」(当チームでは衛生上の問題が起きないようにしています)今回の「水の質」「とても嬉しい温泉の素・入浴剤」へのこだわりです。

そして、スナック菓子とかではなく「全国各地の地場では好評な素敵おやつ・みなさんの癒しにしている素敵おやつ」というように、「食の質」にもこだわっての「素敵おやつ」の募集です。

被災直後の食を思い出すようなことをするのではなく。


家も車も仕事も被災で失って、仮設住宅には入ったけれども旅行なんてまだまだ無理・・・

あら!?この県には親戚(友達・知り合い)が住んでいるのよ♪ 懐かしいわねー☆

この県には旅行に行ったことがあるよ! また行きたいな・・・



食もお湯も、あればいい・・・ではないのが我々関東以南の日本人であれば、被災したんだからあるだけいいじゃないか・・・は、絶対に変だと思うんですね。

入浴剤の中には、ベビー用があるのだそうです!!!

これなら、皮膚が弱い方にとっても安心ではないか?といった提案もいただいて、今回、初めて教わりました(*^_^*)

ベビー用入浴剤の存在自体を知らなかったので、値段などがわからないのですが。

もし、ベビー用入浴剤知っていて、協力したい♪とおっしゃってくださる方がいましたら、T4が勉強させていただくためにも、ぜひともよろしくお願いいたします☆


【素敵おやつ(関西・中四国・北陸より※九州・関東からの応募はすでに締切となっています※)=あと2箱】

スナック菓子ではなく、各地域で有名なお菓子屋さんなどのおやつや、意外とお茶受けにサイコー♪な各地域ならではのおつまみのようなものになります。

空港などで「限定販売」となっているオシャレおやつなども素敵です。

賞味期限にご注意ください&要冷凍・冷蔵必須のものでないもの・・・ミニ物産会のための、「素敵おやつ」にご協力いただけましたら幸いです。 


おひとり様 1箱10枚(個)入り=1箱 からの受付となります!


【水出し緑茶ティーパック=あと2箱】

おひとり様 1箱10袋程度入り=1箱 からの受付となります!


※足湯の後、お茶っこして、体に負担がかからないようにするため&みなさんのコミュニティを深めるために必要です※


【温泉の素や入浴剤=あと2箱】

おひとり様 1箱5袋程度入り=1箱 からの受付となります!


※応募方法※

T4 お問合せフォーム(クリックしてください)

「その他お問合せ」欄 に。

例)素敵おやつ〇〇県の△△を1箱送ります・ベビー入浴剤を1箱送ります・水出し緑茶を1箱送ります

と明記していただきまして、確認ボタンを押してください。

追って、お送りいただく先のメールをご返信いたします。

※返信に若干のタイムラグが発生する場合がございます。ご了承のほどよろしくお願いいたします※


【GW活動参加いただけるメンバーさん募集】

※応募方法※

T4 お問合せフォーム(クリックしてください)

「ボランティアに関して」欄 に。

例)〇月の△日の活動に参加します・交通手段は※※希望です

と明記していただきまして、確認ボタンを押してください。

追って、メールをご返信いたします。

※返信に若干のタイムラグが発生する場合がございます。ご了承のほどよろしくお願いいたします※


・20歳以上の男女の方で、心身共に健やかな方(小学生以上のお子さんとご一緒の時は、ご相談ください)

・ボランティア保険 天災Aに加入していただける方

・医療や福祉系の勉強中の学生さん(学生割引を若干にはなりますが適用させていただきます!)

・医療や福祉系の勉強はしていないし、仕事も異分野だけれども、震災支援ボランティアに興味・関心があり、お話相手から、荷物の積み下ろし、お湯を沸かす他、なんでもトライしてみようと思ってくださる方

・柔整師やリフレクソロジーのマッサージが可能な方(5日のみ・ただし前乗り必須)

・震災支援ボランティアでは、各地区によりルールが決まっていたり、各地区により住んでいる方々の雰囲気も違うので、それらに合わせてくださる方

・天然さん、ほんわかさん、ハキハキさん、冷静論理的クールさん、おバカな時はおバカさん(笑)と個性満載だけれども、やる時はやる!な方

・お友達同士さん、彼氏彼女さん、ご夫婦、ご家族同士、大歓迎です


<タイムスケジュールモデル>

【5月2日深夜〜5月3日】

出発場所時間他調整中:JR浦和駅(埼玉県)・JR取手駅(茨城県)他出発 ハイエース他調整中 あいのり


※出発時間に関しましては、遠方からいらっしゃる方がいれば、駅他にいつ到着出来るかに合わせたいと思います(ただし、GW渋滞が見込まれるため、2日の深夜から3日早朝には出発したいものです)


到着時間調整中:仙台駅近辺到着(渋滞なく走れれば、休憩を含めて6時間程度で到着します)


※もし、すごく早い時間に到着し、ステイ先のチェックイン時間まで非常に余裕があるようでしたら、予算モデルには組み込んでいませんが、秋保温泉の日帰り温泉にでも行きましょうか♪


※仙台近辺にお友達やご親戚がいるから会いたいなどありましたら、お出かけになっていただいても大丈夫です!


16:00位 ステイ先チェックイン 休憩後、物資他の仕訳


18:00位 夕飯会♪&ミーティング(牛タンを楽しみましょう!予算モデルに含む)


21:00位 各自部屋に戻ってしっかりと休んだり明日以降の準備をしましょう



【5月4日】

7:30位 出発


8:30位 地域コンビニ到着(昼食や飲み物を買ったり、トイレ休憩します)


8:50位 復興支援センターさんにて事務手続に向かう


9:00位 地域の沿岸部を回ってみましょう(そうしないと、仮設住宅の方々の気持ちや町の様子もわからないと思うので)


9:30位 いちご狩りをさせていただくいちご農園に行き、まずは、仮設にお持ちするいちごを購入後、仮設住宅に向けて出発


10:00前 準備開始


10:30前 活動開始


15:00 活動終了→後片付け&掃除・荷積み


15:30 復興支援センターさんに活動報告をあげる


16:00 地域出発→仙台に向かう


17:30位 ステイ先1つめ到着
(夕ご飯をみんなでいただきましょう!地場の食材豊富で美味で500円なお夕飯です!予算に含まれています)


※活動時間中に、いちご農園さんで「いちご狩り」を楽しみましょう(予算に含まれています)


※4日のみの活動参加で、急ぎで帰宅をされたい方は、仙台駅に出やすい電車の駅までお送りします


19:00位 もう1ヶ所のステイ先に向かう人は出発


19:30位 全員ステイ先に到着・翌日早朝出発になるので、準備・早寝でお願いします


※5日の活動のみに参加されるみなさまは、大変申し訳ございませんが、4日に仙台に前乗り参加他でお願いします


(高速バスの方は、関東圏からは2〜3時間程度、中部以南からは5時間程度の余裕をみてください。仕事後に新幹線でいらっしゃるみなさまは、ステイ先に到着した後、すぐに就寝になるような感じです)



【5月5日〜6日早朝】

05:00位 車に荷物他搭載


05:15 出発


06:45位 現地付近コンビニ到着(昼食や飲み物を購入・トイレ休憩)


07:15位 港到着・復興支援センターさんにご挨拶・車から船への荷積み


07:45:離島に出航


08:30位:離島着岸&荷下ろし


09:00位 離島の方々とご挨拶・声掛け他


09:30位 準備


10:00位 活動開始


14:30位 活動終了予定・片付け


15:00位 船への荷積み他準備


16:05 本土に向けて出港


16:40位 本土着岸→船から荷下ろし後機材資材を車に搭載


17:30位 仙台に向けて出発


19:30位 夕飯会♪&スーパー銭湯立ち寄り(ドライバーの仮眠時間があるかもです)



※急ぎで新幹線帰宅をされたい方は、夕飯会&スーパー銭湯最寄の駅が仙台駅に出やすいので、そちらにお送りします


22:30位 夕飯会&スーパー銭湯出発(帰省渋滞をなるべく回避したいと思います)


出発(何もなければ休憩含めて6時間程度で到着します)


駅で解散後、5月6日の始発電車位で各自の帰路に向かっていただくような感じになると思います


<費用モデル>

※費用に含まれているもの→

高速道路代割勘・ガス代割勘(リッター153円・7km・950kmで予算組)・駐車場代割勘・宿泊費・乗船費・手荷物以外の機材資材物資乗船費割勘・仮設住宅で出すいちご代割勘・チラシポスティング代割勘・いちご狩り費用・5日のスーパー銭湯代・ザックリな飲食代(牛タン定食相場や夕飯費用・朝食&昼食・SAでのおやつ代を適当に過去の経験から2日分1万円程度)・あいのり集合駅⇔自宅最寄駅交通費(往復2,000円まで)が含まれています


※費用に含まれていないもの→

あいのり集合駅あるいはターミナル駅⇔自宅交通費の2,000円より余剰する費用・常備薬代・SAなどでのおやつ代・飲酒される方は飲酒代・ボランティア保険天災A型代・早めに到着した場合の秋保温泉入湯代(1,500円程度)


<3/11現在、女性の方の募集大歓迎となっています!!!もちろんメンズの方もまだまだ大募集!!!>


<6名体制想定>


☆往復あいのりで2泊される方(5月2日深夜~3日早朝出発で、4日・5日とも活動参加の方 ):

31,000円程度+JR浦和駅他⇔自宅交通費余剰分+ボランティア保険代他費用に含まれていないもの


☆往路あいのり・帰路深夜バスで2泊される方(5月2日深夜~3日早朝出発のあいのりで、4日・5日とも活動参加の方)※首都圏より※:

32,000円程度+JR浦和駅他⇔自宅交通費余剰分+ボランティア保険代他費用に含まれていないもの


☆往路あいのり・帰路新幹線で2泊される方(5月2日深夜~3日早朝出発のあいのりで、4日・5日とも活動参加の方)※首都圏より※:

39,000円程度+JR浦和駅他⇔自宅交通費余剰分+ボランティア保険代他費用に含まれていないもの


☆往路昼便高速バス(活動日の出発時間と渋滞が予測されるため、昼便でいらしていただけて、夕飯会&ミーティングに参加していただける方)・帰路深夜バスで2泊される方(4日・5日とも活動参加の方)※首都圏より※:

38,000円程度+東京駅・新宿駅他⇔自宅交通費余剰分+ボランティア保険代他費用に含まれていないもの


☆往復新幹線で2泊される方(5月3日の夕飯会&ミーティングから参加していただけて、4日・5日とも活動参加の方)※首都圏より※:

50,000円程度+東京駅⇔自宅交通費余剰分+ボランティア保険代他費用に含まれていないもの


☆片道あいのり・片道高速バスで1泊される方(4日または5日のいずれかの活動参加の方 )※首都圏より※

26,000円程度+東京駅・新宿駅他→自宅交通費余剰分+ボランティア保険代他費用に含まれていないもの


※4日のみ参加の方は、3日の昼便で夕飯会&ミーティングに間に合うようにいらしてください(5日の離島に行かない分、乗船料がかからないので、26,000円程度-2,000円してください)


※5日のみ参加の方は、5日の出発時間が早朝になるため、必ず4日の19時までには仙台入りしてください(4日のいちご狩りに行かない分、いちご狩り費用がかからないため、26,000円程度-1,500円してください)


☆片道あいのり・片道新幹線で1泊される方(4日または5日のいずれかの活動参加の方 )※首都圏より※

32,000円程度+東京駅→自宅交通費余剰分+ボランティア保険代他費用に含まれていないもの


※4日のみ参加の方は、3日の昼便で夕飯会&ミーティングに間に合うようにいらしてください(5日の離島に行かない分、乗船料がかからないので、32,000円程度-2,000円してください)


※5日のみ参加の方は、5日の出発時間が早朝になるため、必ず4日の19時までには仙台入りしてください(4日のいちご狩りに行かない分、いちご狩り費用がかからないため、32,000円程度-1,500円してください)


☆往復高速バスで1泊される方(4日または5日のいずれかの活動参加の方・但し5日に参加される方は出発時間が早朝になるため深夜バス使用は不可 )※首都圏より※

31,000円程度+東京駅・新宿駅他⇔自宅交通費余剰分+ボランティア保険代他費用に含まれていないもの


※4日のみ参加の方は、3日の昼便で夕飯会&ミーティングに間に合うようにいらしてください(5日の離島に行かない分、乗船料がかからないので、31,000円程度-2,000円してください)


※5日のみ参加の方は、5日の出発時間が早朝になるため、必ず4日の19時までには仙台入りしてください(4日のいちご狩りに行かない分、いちご狩り費用がかからないため、31,000円程度-1,500円してください)


☆往復新幹線で1泊される方(4日または5日のいずれかの活動参加の方 )※首都圏より※

43,000円程度+東京駅⇔自宅交通費余剰分+ボランティア保険代他費用に含まれていないもの


※4日のみ参加の方は、3日の夕飯会&ミーティングに間に合うようにいらしてください(5日の離島に行かない分、乗船料がかからないので、43,000円程度-2,000円してください)


※5日のみ参加の方は、5日の出発時間が早朝になるため、必ず4日の19時までには仙台入りしてください(4日のいちご狩りに行かない分、いちご狩り費用がかからないため、43,000円程度-1,500円してください)


※5日の活動後、新幹線で帰路ご希望の方は、活動地区から仙台までの渋滞により、仙台駅に出やすい電車が走行している途中駅で車移動から電車移動に切り替えていただく場合がございます。

帰路新幹線ご希望の方は、ご自宅までの最終電車時刻に合わせた仙台駅発新幹線の時刻を事前にしっかりと調べておいてください(東北新幹線は満席になる可能性があるので、帰路新幹線ご希望の方は、必ず予約を済ませておいてください)。

あわせまして、途中駅→仙台駅までの電車代がかかることも想定しておいてください。


※高速バスをご希望の方は、必ず早い段階で、楽天トラベル他をご利用になって高速バスのチケット予約・発券を済ませておいてください。


※活動中の緊急災害時を想定して、お小遣いは多めに現金でお持ちください



【活動日程・内容】

① Web系開発技術者さん(HTML CSS)…都内や自宅で出来る無償ボランティアが山積しています…大歓迎です!


② 仮設住宅集会所でのコミュニティづくりボランティア(5月4日(土・祝))


<活動内容>

足湯準備・お茶出し準備・いちご出し準備・足湯・お茶出し・いちご出し・念のための血圧チェック・コミュニティづくり・お話の聞き役・片付け


いらしていただいた方々といちごを一緒に食して楽しみながら、足湯の合間にお話し相手になったり、みなさんのコミュニティづくりや交流がより良いものになるような環境・雰囲気を作っていくことが求められています


20歳以上~
(未成年の方は保護者の方の同意が必要になります)


性別や経験、年齢、職業は問いません


日常的に車の運転が可能な方、お待ちしています!


※GW渋滞が発生しますので、心身ともにすこやかなみなさま


※屋内活動がメインとなりますが、屋外で子どもたちと遊ぶ他の活動可能性もあるので、心身ともにすこやかな方


※地元の方々に町のことを教わりながら、雰囲気良く・フットワーク軽く笑顔で何でもトライしてくださる方々


※災害ボランティア経験のある方または、下記資格をお持ちの方(現役でなくても大丈夫です)、ぜひよろしくお願いいたします


看護師さん・他医療系福祉系資格者さん・勉強中のみなさん→

処置に追われる活動ではなく、血圧チェックやお話をお聞きしながら、解決しなければいけないかな?と思った課題をキャッチし、活動後T4で摺合せをして、社会福祉協議会さんに上げるべき報告を精査します


③ 宮城県・離島でのコミュニティスペースでの活動(5月5日(日・祝))

<活動内容(一部増加する場合もございます)>

機材資材、物資他の荷積み荷下ろし(船への搭載他も含みます)・声掛け・足湯準備・お茶出し準備・足湯・お茶出し・お菓子出し&一緒に食して楽しむ・お話の聞き役・高齢者の方々他で必要な方への介助・片付け他


柔整師さんやリフレクソロジストさんがいらしてくださるようであれば、マッサージ


アコースティックで演歌を奏でてくださる方がいらしてくださるようでしたら、音楽会


いらしていただいた島の方々と素敵おやつなどを一緒に食して楽しみながら、お話し相手になったり、島のみなさんのコミュニティづくりや交流がより良いものになるような環境・雰囲気を作っていくことが求められています


20歳以上~
(未成年の方は保護者の方の同意が必要になります)


性別や経験、年齢、職業は問いません


日常的に車の運転が可能な方、お待ちしています!


※GW渋滞・船への乗船が&荷積みや荷下ろしが発生しますので、心身ともにすこやかなみなさま


※下記の通り、出発時間が非常に速いため、5月4日に仙台に前乗りしていただくことが可能な方となります


※地元の方々に教わりながら、雰囲気良く・フットワーク軽く笑顔で何でもトライしてくださる方々


※災害ボランティア経験のある方または、下記資格をお持ちの方(現役でなくても大丈夫です)、ぜひよろしくお願いいたします


看護師さん・他医療系福祉系資格者さん・勉強中のみなさん→上記と同様


【被災地社会福祉協議会さん他との連携・各地域のみなさまのお気持ちを最優先しているので、地域他詳細はオフィシャルで情報をリリースせず、メッセージをいただいてからお伝えすることになります】

被災地の今&現実~2月活動報告を通して2~

さて、それでは、引き続き2013年2月活動報告を通して、報道ではあがらない被災地の今と現実を綴ってみたいと思います。

今回訪れた仮設住宅ボランティアで、実は、みなさんご遠慮気分だったのか、いちご農園さんで購入させていただいたいちごちゃんに余裕が出たんですね。

どうしようか、復興支援センターさんとも相談したら、△△仮設にお持ちしてみてはどうか?となったので。

活動後にお寄りしてみました。

しかし、夕方の真冬だけあって、大人の方々が通りを行きかわなくて。

じゃ、□□仮設に行ってみようか、〇号棟に※※さんがお住いのはずだから・・・と行ってみると、お引越しをされていました。

小さなお子さんがいらっしゃるご家庭で、じぃじがとても心配しているとお聞きしていたので、じぃじのいる近くにお引越しされたのかもしれませんね。

で、最終的に、自治会長さんとも非常にご縁のある仮設住宅へ。


カラオケ会があったとのことで、談話スペースで、お母さんたちが余韻を楽しみながら語らっていました。

この仮設住宅を訪れるのは、実に1年3ヶ月ぶりでしたが、お母さんたち、わたしたちのことを覚えていてくださったんです。

いろんなボランティアさんが来てくれるけど、あなたたちのことはすごく覚えている!

特に、〇〇くんとか♪

など、みなさん、すごく盛り上がりまして。

いちごちゃんのお裾分けを相談してみると、「うわぁ!苺のツルのリースまでついていてオシャレねー☆」と大歓迎してくださり。

自治会長さんに、ご挨拶がてら持って行ってみて、本当にありがとう!また遊びに来てほしい!とのこと。

自治会長さんは、風邪でお休みされていたのですが、やはり、わたしたちのことを覚えていて下って。

「このいちごは、〇〇くんの農園のいちごだね!素晴らしいね、嬉しいねぇ~♪ありがとう!また、遊びに来てください!!!」と。

地区にはずっと入っていたものの、なかなか時間を割くことが出来ず、1年3ヶ月ぶりの再会となってしまったことが申し訳なく感じましたし、被災されたみなさまの「継続ボランティアが安心する」お気持ちが垣間見える出来事でした。

自治会長さんにいちごちゃんを預け、きっと、翌日以降に、健康体操などで集まったお母さんたちとみんなで召し上がっていただけたのではないかと思います。


この仮設住宅には、2011年6月に初めてこの地区に入り、力仕事から始めたわたしたちが、どうしてるかなー?と気になっているお母さんが住んでいらっしゃいます。

2011年6月、午前中に、避難所から仮設住宅のお引越しをお手伝いさせていただいたのですが、津波で旦那さんを亡くされ、ご自身は津波を泳ぎ切って助かったお母さんでした。

津波を泳ぎ切って助かった方々は、何もこの地区だけではなく、沿岸部に近い地区では、かなりたくさんの方々がいらっしゃいます。

地区や避難所の体制によりましたが、避難所にたどり着いたものの、毛布やスリッパは5人で1枚・1つを使い、着替えもない、お風呂にも入れないので、凍えそう・汚泥で不衛生だったと聞きます。

お財布や携帯も失ったり壊れたりしたため、津波を泳ぎ切ったものの家族とも連絡を取れない。

コンビニやスーパーが1日数時間限定・種類や数制限付で再開しても、スリッパが1つしかなくお金もないため、5人で順番に行き、分け合うしかなかったと。

偶然、1人の方の親御さんが避難所にわが子を探しに回っていた時に再会出来て、5人とも、その親御さんのご配慮を受けて無事に自宅に戻ったとか。

このお母さんは、津波4波目までは、後ろから旦那さんが指示の声掛けをしてくださって一緒に津波を泳いでいたんです。

しかし、旦那さんは、奥さんを守る役割を果たして力尽き、5波目でとうとうお亡くなりになられました。

お母さんは「パパはもうダメだと思って、パパについていこうかと思ったけれど、せっかくパパが守ってくれようとしたのだから頑張らなくては!」と必死だったそうです。

陸地に上がってすぐ、救急車で搬送され、あの寒さと海の水の冷たさによる凍傷や肺炎などと闘われました。

退院後は、避難所へ。

避難所に行くと、近所の方々が、一緒に津波を泳いでいた愛犬ちゃんも無事に保護され、〇〇さんというわんちゃん大好きな方が保護して面倒みてくれてるよ♪との知らせを受けたそうです。

小さな地区ですが、汚泥や油がつき、濡れそぼったわんちゃんを「この子は〇〇さんの家の子だよ!」と気付いてくださるのは、容易ではなかったはずです。

お母さんは、泳いだこともなく、甘えん坊なわんちゃんだったので、きっとパパの元に行ったに違いないと思っていたので、泣き崩れたそうです。

お母さんがご家族に再会できたのは、避難所でした。

妹夫婦や姪っ子たちは、どうしているのだろうか。。。

パパがいなくなってしまって、自分は、ひとりぼっちになってしまった、これからどうすれば?と思い詰めながら食事の配給に並んでいると。

どうにも、前に並んでいる人が、妹さんの旦那さんに見えて仕方なかったそうです。

前に並んでいる人は、不思議そうに見つめていたそうです。

お母さんは「思い詰めすぎて夢を見ているんだ」と感じたそうなのですね。

しかし。

夢ではなく、本当に不思議なことに、妹さんの旦那さんだったのでした。

お互い、「夢を見てしまっている」と感じて、にわかに信じられなかったのだそうです。

だから、お互い、不思議そうに見つめあっていたんですね。

妹さんの旦那さんは、お姉さんのことが心配で、あちこちの避難所を探し歩いていたそうです。

とりあえず、食べる物を食べないと・・・という気持ちだけで、配給に並んだ。

そうしたら、前後に並んでいた。

わたしは、お母さんの亡くなられたお父さんが引き合わせてくれたように思えて仕方ないです。

こうして、凍傷の後遺症他が残り、歩行に助けを必要とするお母さんは、妹さんにも姪っ子さんにも会うことが叶いました。

もちろん、妹さんご家族も仮設住宅に入られたのですが。。。

お引越しの時に、妹さんがヘルプに来てくださって、「避難所にいれば、みんなでわいわいやれているからいいけれど、仮設に移ったらひとりになってしまう。姉が本当に大丈夫なのか心配だわ」とポツリとおっしゃっていました。

お母さんは、ずっと気丈にされていたので「そんなに崩れてしまうだろうか」とよぎりましたが。

お引越しの車の中で、「大丈夫!わたしは大丈夫!仮設に移ったら、大好きなビールを飲んで、焼き魚を食べて、楽しみがいっぱいあるから♪」と言っていたのですが。

ポツリポツリとあの時のことをお話し始めて。

「わたしには、もう、あの娘(愛犬ちゃん)しかいないの!!!

ひとりぼっちになっちゃったの!!!

凍傷の後遺症が落ち着くまで・リハビリが進むまで、あの娘と一緒に暮らせないなんて。。。

どうしたらいいの!?!?!?」

辛い想いが堰を切ったようにあふれ出し、涙が止まらなくなっていたのでした。

あれから、何度かお顔出しはしていました。

一度は、愛犬ちゃんも仮設住宅のお母さんの元に帰ってこれて、すっごくかわいく甘えていました☆

妹さんや姪っ子さんの見守りも本当に温かいものだったので、少し、お暇していました。

2013年2月。

久しぶりにお顔出しをしてみると。

「わたし、癌になってしまったの!!!

生きていたって、何もいいことがない!!!」

と、玄関先で泣き崩れてしまわれました。

孫のような存在もいた方がいいなと思い、ひらっちを急遽呼び寄せ、しばらく、ゆったりと、お母さんとお宅の中でお話を。

わたしたちが来る数日前まで、1つめの癌の手術入院から退院してきたそうなんですね。

しかし、あと数日後に、2つめの癌の手術入院するとのことで。

愛犬ちゃんは、いつもお世話になっている方に、ずっと預かってもらっているとのこと。

お母さん、それはそれは淋しそうで。

愛犬ちゃんのかわいさを語る時は、目をキラキラ輝かせます。

日中は、入院の準備などで慌ただしく過ぎてくれるけれど、夜、ひとりぼっちになって、愛犬ちゃんが隣で寝ていない現実を見ると、どうしても、よからぬことを考えたりもするとのことでした。

わたしたちは、頃合いを見計らって、お父さんにお線香をあげさせていただきました。

わたしは、お父さんにお線香をあげさせていただくのは2度目です。

いつもいつも、どうか、お母さんを守ってあげてくださいと祈ります。

お写真のお父さんは、本当に明るく素敵な笑顔で、お母さんと一緒になれて幸せだったのだろうなというオーラ満載なんですね。

お母さんは「お父さん、よかったね」と泣いていらっしゃいました。

玄関先で「生きていてもしょうがない・生きていたって良いことなんて1つもない」と泣き崩れていたお母さんでしたが。

わたしたちといろんなことを話しているうちに、少し、心がホッとしたのか、栃木県に住む姪っ子さん&姪っ子さんのお子さんたちの話をし始めたり、ひらっちの病院に通っている若い患者さんの切ない話を聞いて「わたしなんて、こうしていられるんだから、まだまだ幸せなほうだと思うのよ」と言い始めたり、少しずつ、お母さんらしさが戻ってきました。

しんみりして、ずっと不安な話ばかりしていても、しょうがないじゃないですか。

わたしは、お母さんに何があっても、お母さんの前から消えないから、GW、温かくなった頃とか、夏とかに、また、ここで会いましょうね♪と約束することしかできません。

それも楽しみの1つとして、お母さんが手術入院をがんばれるのであれば、それでいい。

もちろん、様子をうかがいながら再訪してみますが、お母さんの「いつか、復興住宅に移ったら、みんな雑魚寝でビール飲んだり、魚を食べたりして楽しもうよ☆」夢が叶う日に、笑い合っていられることをが、わたしの夢でもあります。


お母さんがおっしゃっていて、わたしも各地域で注意深く見守ることになったことがあります。

それは。


嫁に来た人


の、生き辛さです。

元々生まれ育った地区で被災したわけではなく、嫁に来ただけだと、昔ながらの地区の方言がわからなくて困ったりするそうです。

もう一度言ってくれませんか?と丁寧にお願いしても、空気がすごく悪くなってしまうと言います。

仮設住宅のみなさんと上手くやろうと思うのだけれども、自分にはわからない独特の方言で喋られてしまうと、なかなか入りづらいし、肩身が狭い。


他地区でも、かなり見かけました。

20代の若い女性の方とまったりお話する機会があったのですが。。。


「わたしは、この地区に嫁にきてすぐに震災・津波で家をなくしてしまった。

実家は別地区なんだけれども、やはり津波で家がなくなり、実家の母が亡くなったの。

どうしようって思ったけれど、もう、お嫁に来たんだし、お母さんは旦那のお母さんしかいなくなったんだから、うまくやるしかないじゃない?

おばあちゃんの介護をお母さんと交代でやったり、ちょっと大変だけど、旦那のお母さんも、ここの仮設は狭いんだから、愛犬たちと一緒に出ていけ!とか言わずにいてくれるから、ね。」



お母さんを立てるために、「そのボランティア、早く行きたいな~♪」だったとしても「お母さんが外出してるから、お母さんが帰ってきたらにするね♪」としたり。

お母さんと一緒に来ても、まずは何はともあれ全て「お母さんが先にどうぞ♪」。

全て「お母さんの言うとおりで」。


震災などの天災が起きた時に、都会的な都道府県で、狭い仮設でお姑さんと同居し、介護までする20代女性が、何かあっても実家には頼ることも出来ず、とにかくお母さんが全て先!とかに耐えていけるのかな?と思うと、まぁ、無理だろうなというのがわたしの率直な感想です。


こんな状況の中、地区独特の昔ながらの方言で、お母さんがお隣の奥さんと話でもしていようものなら「わたしの悪口言ってるんじゃないかな?」とか思ってしまいそうですし。。。


お子さんが入る予定だった学校が、津波被害のため統廃合となったため、震災前はお子さんや孫と離島で暮らしていたのに、ママと子どもたちは島から離れて「本土の仮設に住む」という選択を余儀なくされていることもあります。

最初は、週に一度、本土からパパに会いに離島へ行っていたけれど、子どもが風邪を引いたり、行事があったり、ママひとりの子育てが初めてで疲れてしまったりで、2週間に1度になったり、月に1度になったりしてきた。

パパは何も不満を言わないで愛してくれているけれども、地区の方々の「夫を1人残して」という声に悩まされているといったことも聞かれました。


パパの仕事がなくなってしまったため、ママ&子どもたちは地区の仮設住宅に残り、パパは首都圏に出稼ぎに来ているご家庭では、夫婦の気持ちの行き違いや、子育てがママひとりの負担になってしまっていることから、離婚を見据えた深刻な喧嘩に発展したりしてしまうケースも聞いています。


震災から2年目を迎え、報道はかなり増えていました。

しかし、地場の方々の本音や真実を伝えてはいないことが、ものすごくわかります。

タレントさんが来て「嬉しくて盛り上がる風景」は、単なる一過性のものであって、秘められた被災地の今&現実を報道しているものではありません。

それらを見て、「もう、震災の報道ばかりで飽きる」といった関東以南の風化が進んでしまった声も聞かれます。


困った時はお互い様・自分が相手の立場だったら嫌だなと思うことはしない


対岸の火事になってしまっている方々に、どうにか考え方を変えたら?とは、実は、サラサラ思っていません。


因果応報


だろうなとわかっているからです。

対岸の火事で、あー、震災関係の報道なんて飽きたよとか、福島県に出張に行くなんて怖いとか言っている方々には、何かあった時に、それなりの助けしか回ってこないんです。

だって、そういう方に限って、「自分は支援を受けられて当然だ」的な態度・言動になって、すぐにわかるんですよ。

協力し合っていこうとかガマンしようとかの姿勢や言動は見られないので、周りの協力し合っていこうよ・我慢しようよと思っている方々から「何、この人?変なヒト。関わらないでおこう」とされてしまうんです。


震災から2年目を迎える・・・祈ることも大切ですが、その日だけ祈るのではなく。

困った時はお互い様ってなんだろうな?それは、自分が誰かから言われたりしたら嫌に思うかな?と考えてみる機会にもしてほしいなと思います。


そして、今一度、ご家族同士で「携帯で連絡が取れない天災時には、こうこうする」という約束事を確認してみてくださいね♪

東日本大震災では、ご家族同士の決まりごとがなかったために、子どもたちはママやパパを探すために動き、ママやパパは子どもたちがここにいるはず!と動き、結果的に行き違いとなり、犠牲が増えてしまいました。

どうぞ、ご家族同士での話し合いを、哀悼の気持ちも込めて、してみてくださいね。

被災地の今&現実~2月活動報告に寄せて1~

前回の少ない脳みそのしわ?を一生懸命全て集めきってがんばって書いた「ひらっち」活動報告(笑)。

これをご覧になってくださったみなさまが「そーだよねー♪」「わかる、わかるー♪」なお気持ちになっていただいた方が圧倒的少数なのではないかと思えて仕方ありません(^_^;)

では、補足を兼ねながら、更新してみましょうか。


宮城県では「仙台いちご」「仙台りんご」が特産なんです☆

もちろん、油麩や海の幸、蒲鉾類、牛タン、萩の月といった特産もたくさんあるので、本当に「食の宝庫県」なんですね。

震災による被害で、沿岸部の打撃の大きさ、水産加工工場の被災、人手が足らなくなってしまったり→一時期、食の宝庫はどうなるのか!?と危ぶまれましたが、今は、徐々に復活してきています。

それでも、家や車、家族や親戚、お友達を被害で亡くされた方々のお気持ちは、察するに余りあります。

もちろん、「津波に追われて走って逃げて、間一髪で山の中に入って逃げ切ったんだぞ☆」といった武勇伝は非常に多いのですが。

やはり、辛かったことや怖かったことを「武勇伝に変えることが出来るパワー」は、地場ならではの食や、「旅行で行った」「親戚や友達が住んでいる」など縁の食から生まれるものであったりもします。

仙台いちごは、どの地区にお持ちしても。

「良かった~♪ 津波でもうダメかと思っていたけれど、ちゃんと残ったんだね・実ったんだね」

と、宮城県のみなさん、感慨深いようですね。

やはり、地場の特産がなくなってしまうことは悲しいことですから。。。

感慨深さの後は、「みんなで味わう♪」楽しさで癒しを。

そんなこともあって、みなさん、美味しいとパクパク食べられます(*^_^*)


2年経つのに何も変わっていない・復興ってなんだろ?は、こちらをクリックして、もう一度風景他をご覧いただくことがいいかなと思います。


子どもたちが怖かったぜ!!!についてですが。

これはですね、実は、この地区では、2011年秋から、T4が取り組んできた課題でもあります。

卒業式を間近に控えたしげきちが、追って、何か書くかもしれないのですが、わたしとご協力をいただきましたサッカーやフットサル業界のみなさんとの取組から、いろんなことが見えていて見守っているので、簡単に記してみますね。

2011年秋、この地区での仮設住宅支援ボランティアが始まりました。

それまでは、この地区では、力仕事ボランティア他に従事していたんですね。

仮設住宅でのキッズたちは、みんな、手にビービー弾を持っていました。

最初の頃のキッズたちは、ビービ―弾を手放すことなく、自分たちの心の叫びを、はっきりと明確な言葉の数々で、わたしたちに訴えていました。

それらは、この被災後の環境では、なかなか叶うことは難しいのはわかっていたので、「なんで、そう感じるのか」といった風に、きめ細やかな問いかけをしてみました。

オトナたちの前では、どうにも話しにくいようだったので、県外から来た「誰?」というオトナのわたしと、キッズたちとの時間を持ってみることにトライしてみたのです。

ビービ―弾を手放さない理由は、いくつかありました。

その中の1つが。


今度、津波が来たら、ビービ―弾でやっつけるんだ!!!


だったんですね。

なるほど、キッズたちはキッズたちなりに、日々、相当緊張しながらも、震災に負けまい・次に何があっても負けたくないと思っているのだなとうかがえました。

ビービ―弾を禁止することは簡単かもしれませんが、性急にやることはいかがなものかと感じたので。

やめなさいとは一切言わず。

「そうなんだー。偉いね!ビービー弾と何かを組み合わせたら、津波が来た時に、もっと役に立つかもしれないね!」

とつぶやいてみると、キッズたちから、津波を引き込むホースも出したいとか、いろんな案が出てきました。

とにかく、津波に負けたくないんだなー、、、大人たちの役にも立ちたいのではないか?少し、かわいそうな位、オトナに無理矢理ならざるを得ない状況なのではないか?と感じました。

そこで、彼らの「好きなこと・打ち込んでいること」を聞いてみました。

サッカー

小学校に、サッカー日本代表選手が時々訪れてくれた話になると、もう目がキラキラです☆

一方で、放課後、学校の校庭で遊ぶことが禁止となり、放課後の校庭で、みんなとサッカーをすることが出来なくなってしまったり、公園も津波で流されたのでボールを蹴る場所がなくなったりという課題が大きくありました。

もちろん、狭い道路を車が往復し信号もない仮設住宅の通り道での蹴球は禁止ですし、リフティングなども失敗すると仮設住宅にお住いの方々の植木プランターや壁、車に当たってしまうから禁止です。

週に一度の地域のサッカー少年団に通うことが出来てはいましたが、とにかくストレスが溜まっていました。

津波被害の影響で、ボールやプラシャツなどもない子たちがいる、キーグロなんて高くて手が出ない等々。

もちろん、今は、この課題は解決されたので、もう、ボール他のサッカーや蹴球関係アイテム支援は必要ではありません。

オトナたちに、いろいろと溜まっている不満や怖さ、不安を話してみた?と聞いてみると。

「お母さんたちも大変だから、自分たちが何か言って心配かけたくないから、言わずにガマンしている」

と。

これを、一回きりのボランティアでどうにかするということは、いくら教諭免許を持っている人でも無理です。

継続して、細目に様子を見て、「彼らと直接話をしていく」しかありません。

そこで、当時、サッカーやフットサル関係のみなさまのご支援をいただいて、アイテム他を月に1度程度ずつキッズたちに届けに行きました。

最初は「また来たのかよー!?」などと口も悪く、アイテムは自分の宝物にする!と奪い合うキッズたちでしたが。

「約束は破らない主義なんだよね♪」のわたしと、少しずつ信頼関係が出来てきたのか。

「キーグロじゃん!!! 少年団に持っていったら、みんなすごい喜ぶと思う!!!」

「オレ、これ、この前もらったから、少年団のコーチにプレゼントしようよ!!!」

など、誰かを自然に思いやる気持ちがどんどん出てきました。

タメ口・悪態が非常に多かったキッズたちでしたが(笑)、数ヶ月後には、「ありがとうございます!みんな喜んでいます!」と、敬語を使うようになったり。

気付いてみると、ビービ―弾は誰も手に持たなくなっていました。

サッカーやフットサルのアイテムをプレゼントするだけなら、どのボランティアさんでも出来る。

でも、T4にとっては、それらを1つのきっかけとして、コミュニケーションがより良くなること→みんなが安定することまでを目標にしています。

ただプレゼントするだけでは、キッズたちが、周りの大人に言えない悩みを打ち明ける場所さえなく、ビービー弾も手放すことはなかったでしょうし、荒れ続けていたでしょう。

それでも、なお、課題は残りました。

もう、彼ら自身の「チカラ」に望みを託すしかない。


「震災で、お母さんが働きに出なくちゃいけなくなったんだ。

だから、サッカー少年団、やめなくちゃいけないんだ。

送迎が出来ないから。

オレ、少年団の中で、絶対、誰にも負けたくないって思って一番頑張ってきたんだけどさ。

サッカー出来なくなっちゃった。。。」



「辛くない?」


「辛いけど、仕方ないんだよ。

お母さんも頑張ってるんだし。

お母さんに不満はないよ。

でも、オレからサッカーがなくなっちゃったら、どうしたらいいんだろう。。。」



「中学校に入るまで、あと2年だよね?

中学生になったら、部活でサッカーが出来る。

絶対に、諦めちゃダメだよ、そんなにサッカーが好きなら。

悔しいし、腐りそうになると思うけど、体力づくりや基礎練だけでも続けてみない?

中学に入って、みんなと一緒にサッカーやれるように、今は苦しくても、今やれることを地道にコツコツ続けてみない?

将来、絶対に、日本の国旗を担う選手になれるようにさ♪」


「・・・・・。。。。。

そーだね、やれるだけやってみるよ!

がんばってみる!!!」



その後、彼とは、敢えて再会していません。

あれから、彼の自分との闘いがどうなっているのか、すごく気にはなります。

でも、彼自身が決めることだし、揺れ動いてもいいと思うし、揺れ動かない子どもなんていないと思うので、変なプレッシャーにはなりたくないんですね。

来年、彼が中学に上がったら、「その後、どう?」ってそっと訪ねてみようと思います。


そういったこともあって。

また、2012年12月に津波警告・避難勧告が発令されて緊張や疲れが溜まっているオトナたちの社会を鏡に映すかのように。

2013年2月、ビービ―弾よりレベルアップした空砲を、キッズたちは手にしていました。

言葉遣いの悪さ、遊ぶ時に必ず空砲以外に武器を持つ他、ひらっちは完全にキッズたちの空気にのまれてしまっていましたね(^_^;)

どーなるのかなー、いったい、キッズたちの中で何が起きているのかな?と様子をうかがいながら、完全アウェーで一人負けしていたひらっちが怪我をしそうな勢いでもあったので、ちょいちょい言葉かけをしていましたが。

もちろん、キッズたちに主眼を置きつつ、足湯に来てくださっているオトナたちと仮設住宅に住むご近所さんであるキッズたちとの仲が冷え込むことがないようにということも考えました。

こんなこと、初めて会うオトナである県外のおばちゃん!?のわたしに言われたら、キッズたちはもっと反抗的になるかな?という不安もありましたが、もう一か八かでしたね。

あーだこーだとわたしからチクチク言われたり(笑)、そうしたいと思うなら、これこれこうしてみるか、あーしてみるか、どっちかを選んでみてと言われてみたりで、キッズたちが嫌になっちゃうかな?と思いもしましたが。

空砲を手から離すにまでは至ることが出来ませんでしたが。

最後は、キッズたちが、ベターっと抱き着いて離れなかった。

今回は、一度きりの簡易対応となりましたが、キッズたちの心が癒えるには、まだ相当時間を要しそうです。

そして、キッズたちが、わたしたち県外から来たオトナボランティアたちに言えるけれど、周りの大人たちに言えない悩みを抱えている状況を変えるには、やはり、被災地のオトナたちのケアが一番優先されることなんだと考えています。

周りのオトナたちが癒しでリラックスすれば、少し心のゆとりが出来て、キッズたちのことを見守ることに厳しさを今までよりは感じることが減ってくれることでしょう。

キッズたちが、日本のキッズたちと同じように、自分自身と闘わなければいけない時は仕方ないけれど、それ以外では、周りのオトナたちと良好な関係を築けて、親御さん以外でも相談できる人がいるとか、そういった状況にになることが、キッズたちにとっての復興なのではないかと思えて仕方ありません。

オトナたちに少しでも癒しを・・・。

それは、将来を担うキッズたちの安定にもつながるということを、みなさんに忘れてほしくないなと感じています。



二月活動記録

TEAM4Uのひらっちです!!二月の活動についての報告!


宮城に前日入りし、小野さん、シゲさん、アリサさんと合流し、太助の牛タンをいただきました!
次の日は小野さんの運転で、いちごを買いに山元の半澤農園さんへ!大量のイチゴとリースなどが入った素敵なものを買いました!

海岸沿いの小学校にも行き、約二年経った今を見てきました!
うーん、何も変わってない・・・復興とかってなんだろ!って思いました!


仮設住宅について、足湯を始めると午前中はたくさんの方が訪れてくれて、イチゴもパクパクと食べていました!

今回僕が心に残ったのは子ども達でした!
言葉遣いはとても荒く、男の子も女の子もみんな鉄砲のオモチャを持っていました!
別に人に撃つとかではないのですが、怖かったです(笑)

ただ、遊んでるときはみんな楽しそうにしてたし、遊ぶってことはストレスなどのはけ口になってると少なからず感じました!



活動報告、こんな感じでいーかな?笑

GO TOP
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。