全写真アップ!~浦和駅で宮城県物産展~

みなさま
おはようございます!

GWの活動レポートのブログアップが、ちっとも進んでいない今日この頃(*_*)

わたくしT4代表個人のお話で恐縮なのですが。
実は。

頸椎ヘルニアという疾患を発症&繰り返してしまい、首や肩、腕、果ては手の指先まで強烈な痛みや凝り、張りで全く動けず、5月下旬&先週1週間は廃人でした(;_;)

先週かかった、現住所の近所の整形外科で検査などをしてきたのですが。
ここの整形外科の先生は頸椎ヘルニアについて全く造詣がないらしく、頸椎ヘルニアの説明やMRIの画像を診ての説明もなし、薬も湿布もなし…強引に痛み止薬だけもらいましたが…、何のリハビリをしたいですか?とこちらに聞いてくる始末…初発症だったから知るわけないし(((・・;)

そこで、昨日の水曜日、元々通っていた浦和駅近くにあるスポーツ整形外科にMRIの画像を持っていき診察していただき、治療も、ゆくゆくはリハビリもこの病院で進めることにしました!
たまたま浦和レッズのチームドクターに診ていただけて、すごく分かりやすい説明をいただけたし、今後の治療方向性も決まりました☆
何か大きなことがない限り手術不要とのこと☆
ただし、火曜日に仕事に短時間勤務で復帰したのですが、実は発症して1ヶ月は急性期なのだそうでして。
週4日の短時間勤務と家事をしながら、絶対に安静の時間をちゃんと作りつつ、首に負担がかからない緩めのストレッチや温め、経皮沈痛消炎医療用湿布、かなり強い痛み止薬で様子を見ていくように指示が出ました。

下記の通り、本当にたまたま偶然だったのですが。

頸椎ヘルニアさえ発症していなかったら、最終日の土曜日位お手伝いしたかったのですが叶わず(ノ_・。)

女川町からは、㈲阿部マルキチさん…高台にあり津波被害が比較的軽くお家が残った地区に会社があります…の68歳のお母さん&ご縁が深い石巻市のお母さんたちがいらしています!

なんと!!!

女川町のお母さん、一年に一度はお顔出しさせていただいているお父さんといとこ同士とのこと!!!

不思議なご縁ですね♪

おそらく、女川町のお花屋さんや、お茶っこカフェさん、石巻市のアンジェリーナさん他のこともご存知かと思います。

3月の女川駅開通の時のお話も盛り上がりましたー!

浦和駅改札を出た姿勢で、物産展ブースの一番右端(ずんだもち、萩の月ブースが一番左端)が石巻市&女川町のブースです。

いとこお母さん68歳(お孫さんが11人いるそうです!)、全く不慣れな場所埼玉県浦和市に遠路はるばる来てから疲れが出て具合が良くないと本音を話してくださいました。

(他のお客様には、そんな様子を全く見せず、お母さんは綺麗でお若い!と言われて、浦和駅に縁のある方々と笑いあったりしながら盛り上がってました!)

浦和駅改札を出たブースのある場所の暑さ&浜風もなく湿度も高い、山もないから涼しげな風もないことに疲労感が増すようです。

もし、今日から土曜日までで、浦和駅開催の物産展に行かれるようでしたら、ぜひ、女川町のお母さん&石巻市のお母さんたちに声をかけて差し上げてくださいね♪

息子さんが、石巻市復興応援センターのリーダーをされているので、パンフレットを持ってきてくれて息子さん自慢もしてくださいますよー(*´∇`*)

買わせていただいた宮城県美食他の写真も、記事ラストにアップしますね!

********

【やっぱり浦和が一番!~スポーツ整形外科病院に来たら浦和駅で宮城県物産展準備→スタートしました!~】
まさか埼玉県内で宮城県物産展に出逢えるとは思っていませんでした(^_^;)
発見した途端テンションMAX!
しかも、女川のホヤやさんまも出ていて、女川町や石巻市から来たお母さんたちと少しお話出来たー(*´∇`*)
同じ宮城県でも、石巻の方々、女川の方々、個性が少しずつ違いますが、やっぱり女川のお母さんサイコーです☆

物産展準備中なのに、浦和駅利用のお客様や浦和駅地場のお母さんたちが。

「声をかけてくれたら、呼び込みでもなんでも無償ボランティアするのに♪
宮城県の方々は本当に奥ゆかしいね(*^^*)」

と!

浦和駅は、盲導犬ちゃんを傷つけたり、朝のラッシュ時は猪突猛進で走ってホームを移動するビジネスマンさんたちが多すぎて高齢者の方々がぶつかり飛ばされて転倒してしまうことが日常茶飯事なのですが。

やっぱり、浦和駅が地場の方々は素敵です\(^-^)/

準備中時には、電気系統がトラブっていてバーコード読み取りが出来なかったとのことですが。

本来は、25日木曜日から27日土曜日までの三日間開催の物産展なのですが。

今日の夕方以降には物産展スタートしちゃいたいと女川町のお母さん(笑)。

んーーー、この自由さ、何とも言えない懐かしさ&ほっこりさ☆☆☆

そして、24日夕方17時時点で物産展スタートしましたー!!!

レジは長蛇の列の時もありますが、意外と空いている時もあります♪

各ブース、お母さんたちやお兄さんたちと、浦和駅利用のお客様や浦和駅が地場のみなさんとで、いろんなお話をして笑いあったりしながら盛り上がってます☆☆☆

スポーツ整形外科病院の診察他…空いているほうでしたが待ち時間はどうしてもありました(;_;)…が終わり、浦和パルコで素敵おやつお土産…あんみつ&果物ゼリーにしました…を用意して物産展に顔出ししてきました!

相方くんの好物ホヤ煮、わたしの大好物さんま、小女子、もちろん買いました!
ワカメはお土産にいただいてしまいましたm(_ _)m

浦和駅の改札を出たところで物産展ブースが横長に出来ているので、浦和駅近くにお住まいのみなさま、ぜひ遊びに行ってみてくださいね(*´∇`*)

宮城県のお酒も豊富に用意されていますし。
仙台苺を使ったデザート???、ジュース各種、ずんだもち、萩の月、石巻市のカフェの洋菓子も売ってまーす!
塩竈市の美食も販売してますよ!
金華さばやわかめなども、もちろん!!!
猫好きな方は、猫島と呼ばれる石巻市田代島クッキーも売ってますよん☆

めっちゃ楽しい~~~( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆






















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2014年GW 旅行&ボランティアコラボレーション報告 ~ かおり& Ana ~



<< かおり from 兵庫県 ライブ&復興支援ボランティアの旅 >>

初の東北・仙台☆

ライブとボランティアを楽しんできました(*^^*)

ライブでは、いろんな新しい出会いもあり、とにかく幸せな時間をありがとう♪

仙台も大好きになりました(*´ω`*)


翌日は、宮城県山元町にあるイチゴ農園さんのボランティアに行ってきました☆

おいしいイチゴも食べれて、葉の剪定作業も楽しくて、農園の人も良い人たちで、東北温かい所でした☆


いちご狩り かおり


葉の剪定 かおり


いちご狩り かおり2


半澤いちご農園 かおり



車からみる景色は何にもないのどかな所だったけれど、何もなさすぎて津波の凄さを感じました。


また、何かお手伝いできればと思います。


そして、昨日は、牛タン、今日はずんだ餅☆

名物堪能し、満足しながら帰りました~♪

おにぎり丸のゆるさがヤバい(*´ω`*)


牛タン かおり


ずんだ かおり


おにぎり丸 かおり


初めての東北で、いろいろな素敵な出会いもあり、とても楽しいGWになりました。

充実したGWでした☆

ありがとうございました。


<< Ana from 神奈川県 (ブラジル出身) 花巻市の仲間たちと再会&復興支援ボランティア旅 >>

Sendai - Volunteer Team 4 U

05-04 ‐ 半澤いちご農園 ボランティア

Thank you a lot.

The strawberries were delicious !

I think I ate about 20 !!!

この一日は本当に楽しかった!

半澤いちご農園さんの苺がうまい!!!

皆さん、ありがとうございました!!


いちご Ana


いちご Ana1


54みんな仙台


☆ 名ばかり代表 ありさより 補足 ☆

Anaは、震災の時・震災から1年間、岩手県花巻市に住んでいました。

旦那さんの 岡田サントスジオゴ 選手が、 ステラミーゴ岩手花巻 フットサル Fリーグ チームに所属していたんですね。

花巻市は内陸部だったので、沿岸部ほどの被害は免れましたが、それでも、ライフラインは仙台市内陸部などと同様になりました。

震災から1年で、岩手県内の経済復旧が整わずスポンサーさんからのバックアップが減ってしまった ステラミーゴ岩手花巻 は存続出来なくなりましたが。

ジオゴを始め、選手のみなさんも、練習やリーグ戦の合間を縫って、ボランティアをしたり。

元気を出そうと協力していました。

震災前は、Anaとジオゴの家に仲間が集まり、パーティーをしたりもしていました。

Anaファミリーは、岩手県を離れ神奈川県に移転しましたが、Anaの気持ちは常に被災地に寄り添っていました。

今回のGWは、キッズたちも一緒に、ファミリーで花巻市に帰り、仲間たちと暖かい再会を果たし、楽しんだそうです。


みんな、すごく仲良しだから、帰るのがとても寂しい


わたしたちT4の車の中で、Anaは、そう語っていました。


震災当初から、わたしたちボランティアは、ボランティアをしたら数日で被災していない自宅に帰ることが出来ました。

もしかしたら、半年間などの長期で被災地にいた方々もいたかもしれませんが。

自分の選択で、たとえば、身体を壊したりしたら、震災の被害とか無関係な我が家に誰もが帰ることが出来るのがボランティアです。

そこに、後ろめたさを感じてウジウジすることより先に、大切なことがたくさんあるので、それ自体は何も責められることではないのです。

しかしながら、やはり、こればかりは、ボランティアが介する領域ではないことがあるんですよね。


震災の時からずっと、一緒に頑張ってきた地場の仲間たちとの深い絆


わたしたちボランティアが代弁することも出来ませんし、たとえばAnaに語ってもらうとしたら、何日も語りつくすことがあるのではないでしょうか?


わたしたちに出来ることは、そうした「地場の仲間たちとの深い絆」を、静かに暖かく尊いことだなと感じながら見守ることも、小さなボランティアなのかもしれませんね♪


物言わぬ優しさ


これも、大切にしていきたいものです。


Ana & ジオゴ には、フットサルリーグ戦他の試合会場などで再会できそうな気がします☆

とゆーか、先日、わたしが観戦に行った 「小田原アリーナ オーシャンカップ」 会場に、短い時間ですれ違いになってしまったのですが、 ジオゴがいらしていたそうなんですね(^_^;)

ジオゴ率いる CLOUD 高崎 の関東リーグも開幕となりますし。


いよいよ


サッカーワールドカップ ブラジル大会


も間近!!!


被災されたみなさんも、被災を免れたわたしたちも、共通でワクワクドキドキ楽しめるものは、意外とそう多くはないというのが現実課題でもあります。

みなさん「うちは家が残ったんだから、仮設住宅の方々には遠慮しなくちゃ・・・」などがあるんですね。

ここは、おもいきって。


たくさん、ワールドカップサッカーを楽しみましょう!!!


家が残ったからとか、仕事が残ったからとか、いつまで仮設に入っていないといけないんだろう・息子や娘に心配をかけて申し訳ない


そんな時ばかりではなく


全国のみんな一緒に


楽しめる絶好の機会☆

リラックスして、たくさん楽しみましょうね!!!

2013年11月活動報告・宮城県いちご農園さんVer♪

タイミングをマッチさせるために、今まで長らくアップしてこずに大変お待たせいたしました<(_ _)>

宮城県で津波被害に遭われたけれども屈せずにファミリーみんなで闘い続けている、いちご農園さんでの、2013年11月・T4 ボランティア活動報告です!

詳しいことは・・・

いつもながら、↓をクリック☆☆☆


半澤いちご農園オリジナル”2014 いちご狩り”楽しみ方!


なのですが!


今回の活動で、初めて、この町に訪れるメンバーたちもいたので。

こんな研修資料まで用意していただきました!


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東日本大震災の被災地は広大な地域ですが、各町ごとに個性満載、同じ宮城県の中でも、町が違えば、何もかもが違います。

”宮城県の湘南”と呼ばれるほどの美しい海と緑あふれる山元町。

震災の爪痕がどれほどのものだったのか、研修資料だけでも心に大きく残りますね。


メンバーに勉強させていただきました、けい子お母さん&徳広さん、本当にありがとうございました<(_ _)>


そして、農園ボランティア組は、その後、けい子お母さんや徳広さんと、頭脳戦ボランティアがスタート!!!


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2014年度の農園さんのキャッチフレーズや、半澤いちご農園さん”らしさ”を打ち出すには!?!?!?

頭脳戦が苦手なメンバーは半泣きでしたが(笑)、彼がひねり出したキャッチコピーが採用となったのにはビックリでした(^_^;)

苦手なことにも、トライしてみるものですね♪


そうして。。。

こんなことにもなりました(笑)。


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なぜこんなことになったのかは、↑ 半澤いちご農園オリジナル”2014 いちご狩り”楽しみ方!リンクをクリックして、とくとご覧ください♪

もっとたくさんのおそろしい・・・もとい!・・・素敵な写真や、一番大切な”主旨”がとことん山盛に掲載中です!!!

11月活動 ひらっち

11月の活動報告します!

まず僕は当日の朝に宮城へ向かい、そこから目的地へ向かった!


見たことはあったが、初めて入る仮設住宅だった!
準備を終えたのは良いが、その日はあいにくお祭りと被ってしまい、人はほとんど来ませんでした!

しかし仮設住宅になってから、いつも一緒に行ってた人と離れちゃって、お祭りには行かなくなっちゃったという方が居たのも現実でした!


足湯では一人一人の方とゆっくりお話をさせてもらえました!

震災の時の話を淡々としたり、野球でCSを戦っていた楽天の話をしたり!

みんな野球の話しになると、熱くなってました!



個人的には悲しさを乗り越えようとしてる感じがしました!



その晩、楽天は見事優勝を果たしました!おめでとうございます!

11月2日・仙台市活動報告~まいこ~

今回初めてT4のボランティア活動に参加させていただいたまいこです。

元々私は震災数ヶ月後に別のボランティアグループの山元町のがれき撤去ボランティアに参加させていただいた事があったため、今回T4で山元町の仮設住宅での足湯ボランティアを募集していたのを知り参加を決めさせていただきました。

2日間の活動報告ということで今から書かせていただきますが、ブログを書き慣れないため写真も載せず、文章をまとめるのも苦手なため読みにくいかと思いますがお許しください。


まず2日は仙台市高砂市民センターにて震災当時館長をされ、現在は震災復興支援グループ「きぼう」を立ち上げ活動されている浅見健一さんからお話を伺う事ができました。

浅見さんは震災後、非指定避難所となった高砂市民センターでご自身の人脈・ネットワークを使い食料・物資の支援を全国から集められ、更にその支援物資を他の被災地へ回すための指揮もとられたいうともかくすごい方なのです。

現在は全国各地で講演活動をされたり幼稚園などにライフジャケットを寄付する活動をされているのですが、そんなお忙しい浅見さんがたった数名のボランティアメンバーのために何時間もお時間を割いて当時のお話を資料や映像を交えながらしてくださったり車で沿岸部まで案内してくださったことにまず私は驚きました。

きっと浅見さんは普段からどんな人とでも真摯に全力で向き合う方なんだろうなぁと感じました。そのため、浅見さんの周りにはどんどん人が集まってくるのだと思います。

それを証明するかのように浅見さんは行く先々で地元のみなさんから声をかけられていました。

あるお宅では浅見さんはおそらくちょっとご挨拶をするために立ち寄ったのだと思うのですが、その家のご主人が私たちを全員家の中に招き入れてくださり、更に震災当時から現在に至るまでの状況やお気持ちを話してくださいました。

奥様は急な来客にも関わらず、お菓子や珈琲やお茶や、自家製のお漬物(ものすごくおいしかった!)までふるまってくださり、これぞまさにおもてなしの心だね、とみんなで感激しきりでした。

本当にありがとうございました。

そのお宅も津波の被害に遭われ、一階部分はほとんど水に浸かり、大変な状況だったのだそうです。

津波のあとご近所の方々が家をあきらめて壊したりどこかへ引っ越していったあともコツコツとご自分の力で修繕し、住めるようになったとのこと。

外壁にはまだ当時津波が押し寄せた高さに水の跡が残っていましたが、屋内はとてもきれいになっていて、ご家族の暖かい写真がたくさん飾られていました。

とても住み心地の良さそうなお家でした。

せっかくここまでの状態になったにもかかわらず、この一帯は危険指定区域に入っているため、いずれは集団移転をしなければならないのだと、ご主人がとてもくやしそうにお話されていました。

また、ご主人は「仮設に入ると行政から援助が受けられるのに私たちみたいに自宅を修繕して住み続ける者には費用の援助が一切ない。不公平だ」と怒りを感じておられました。

震災から2年8ヶ月経っているにも関わらず、必要なところに必要な援助が届いていないのだと感じました。

ご主人が話された中で特に私が印象に残ったのは「震災直後はともかく家を住めるように直すことに必死だった。

直し終わった今の方が夜に不安で眠れなくなる」・・・という言葉でした。

時間が経過すれば自然に浅くなっていくような単純なものではない、とても複雑で深い心の傷を被災地の皆さんは負っておられるのだと痛感しました。

その後浅見さんが案内してくださった場所は宮城野区沿岸部の特に津波の被害が大きかった場所でした。

完全に更地になりススキが生い茂っているところもあれば、家の基礎部分だけが残っている場所、さらには津波を受けた後そこだけ時間が止まっているかのように屋内も荒れたまま残されている家もありました。

家主の方が津波で亡くなったりするなどで手がつけられず残ってしまっているのだそうです。

住んでいる人はごくわずかで、あとは工場や車などが時々あるだけでした。


小学校の跡地も見せてくださいました。

浅見さんから、ここに避難してきた多くの大人たち(特に女性)が再開を喜びあっている間に津波が来てしまい流されてしまったのだと聞きました。

そして大人たちが流されていくのを目の前で見てしまった多くの子供たちが今も心の傷に苦しんでいるのだそうです。


2日目は車で山元町に向かいいちご農園さんでのボランティアと仮設所での足湯ボランティアに分かれました。

私は足湯ボランティアに参加させていただきました。

仮設住宅での足湯は、多い時は順番待ちが出来てしまうほどの人気だそうです。

ただ、その日はちょうど文化の日だったため近くで文化祭があり、仮設のみなさんの多くはそちらに行かれていたようで足湯には午前に女性一人、午後男性一人の計2人が来てくださいました。

人数は少なかったですがお一人お一人とゆっくりお話ができたので良かったのではないかと思います。


一人目の女性の方は息を切らしてきて下さったためまずは足湯でゆっくりリラックスしていただきました。

足湯のあと、お茶とお菓子でテーブルを囲みながらお話をさせていただき、お身体の事や楽天の試合の事など話した後、ご家族の話をしていた中でお孫様を津波で亡くされたことを知りました。

笑顔がとても素敵で優しい雰囲気の方だったため、そのような辛い体験をしている事にとても驚き、胸が痛みました。


2人目の男性の方はとても気さくな方で、最初からたくさんお話してくださいました。

その方は震災直前までご入院されており退院直後に被災されたため、飲まなければいけないお薬などがなかなか手に入らず本当に困ったそうです。

また、被災前はお庭に畑があり、毎日畑をいじることで体を動かす事ができていたそうですが今は何もすることがなくて自宅にこもりがちになってしまうとのことでした。

でも最近は楽天の試合があるからそれが楽しみだよ~と話されるのを聞き(その日が日本シリーズ楽天VS巨人最終日だったのです)、ありきたりな言葉にはなってしまいますがやっぱりスポーツって本当に大きな力を持っているんだなあ・・・と感じずにはいられませんでした。


実際、宮城の皆さんは本当に日本シリーズで盛り上がっていて、行く先々の方とその話題になると明るい雰囲気が生まれました。

なんだか私たちも完全にその雰囲気とパワーを頂いてしまい、最終的には試合をやっているスタジアムまで行ってパブリックビューイングを観ながら宮城のみなさんと楽天の勝利を喜びあっていました。

ほんの二日間で本当にたくさんの貴重な体験をさせていただきました。


今回の活動で本当にいろいろな場所を見学させていただいたり、たくさんの方々のお話を聞かせていただきました。

その中で私が特に感じたことは、復興はまだ本当に道半ばだということ、そしてそんな状況の中で私は2年前ぐらいに一度だけ山元町に足を運んで以来、被災地とはほぼ無縁の生活をしてきたのだという事実でした。

仕事をしている間は仕事の事を考え、仕事が終わったら自分のための時間を過ごしていました。

実際に被災地に足を運ばないまでも、自分はどれだけ被災地の事を思い浮かべただろうか?と考えました。


震災直後あれだけメディアで流れていた被災地の情報も今は意識をしてキャッチしないと見つけられないのが現状です。

ありささんが車の中で「こんな状況なのに、どうして風化してしまうんだろう」と言われていましたが、そこに明らかに自分は加担していたのだと実感しました。

私たち一人一人ができることは本当に小さな事かもしれないけれど、どんな事でもいいのだと今は思います。

行ける人は被災地に行けばいいし、行けなければ募金や寄付をしたり、被災地の事を思ったり、誰かと話すだけでもいい。

自分を含め、何も思わない・考えない事が一番怖い事だと感じました。


今回T4メンバーや浅見さん、仮設の方々、いちご農園さん、梅鉢の人々など本当に沢山の素敵な人との出会いがありました。

このつながりを大切にし、自分にできることを考えながら1歩1歩進んでいきたいと思いました。

本当にみなさんありがとうございました。

更新が遅くなってしまいすみませんでした。
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